月がてらす道
【5】思慕か、欲望か
「……では、この件に関してはそのように」
「お願いいたします。ありがとうございました」
取引先の担当者と頭を下げ合い、次の約束を交わしてから事務所の建物を出る。入る前には降っていた雨が止んで、今は秋らしい青空が広がっていた。
今の会社に転職して、半年が経つ。当初は先輩社員と共に顧客先を回っていたが、3ヶ月目からは一人で担当するようになった。ここ2ヶ月ほどは空いた時間に飛び込みの営業も行うようにしており、運良く話を聞いてもらえた何件かの中には、契約の運びとなった所もある。
ついさっき出てきた事務所もそのひとつで、大手メーカーにも商品を卸す機械部品の工場だ。制服を一新するということで、デザインと製作をまとめて請け負ったのである。
既存の顧客も含めて売り上げは、時勢を考えれば好調で、
課の中での成績も徐々に上がっている。先月はついに、同僚とトップを争うほどになった。この調子ならボーナスも期待できるかもしれない、などと妬み混じりに言われたりもするが、入社して最初のボーナスでさすがにそれはないだろう。まあ、夏は普通に出た様子だし、冬も出るのであれば、この不景気下では御の字であろうと思う。
さて、今日の外回りの予定は先ほどの事務所で終わった。4時までに戻れと言われているが、まだ30分ほどの余裕がある。このあたりは住宅街で、店はコンビニぐらいしかない。駅前のカフェででも時間をつぶしていこうか、とぼんやり考えながら駅の方向へ歩いていると、反対側から歩いてくる人物に目が止まった。
「あ」
驚きが思わず口に出る。
本庄だった。
なぜここにいるのだろう、という疑問が湧く。それは当然で、尚隆の営業2課と本庄の営業1課は、基本的に担当エリアが違う。そしてこちらの方向には、先ほど尚隆が訪問した事務所しか会社はないはずだ。1課に報告は行っていないのだろうか。
向こうもこちらに気づいているようで、機嫌が良くなさそうである。声をかけるのは躊躇を覚えたが、仕事上ややこしい話になってもいけない。呼び止めると、案の定、不愉快そうに振り返られた。