月がてらす道
「なんだよ」
「あの、この先の工場でしたら、うちの課がもう行ってますよ」
本庄はふんと鼻を鳴らす。
「わかってるよ、おまえの担当だろ。ちょっと時間つぶしにうろついてるだけだ」
「……そうですか」
返す言葉が他になく、つぶやくように尚隆は言った。
そういえば先月と先々月、1課の成績は2課より低く、月初のミーティングで課長にずいぶん絞られたと聞いた。相当ノルマが厳しくなったのだろう、声に疲れがにじんでいる。
気まずい雰囲気を作ってしまった。それじゃ、と一言置いて去ろうとすると、今度は本庄が「おい」と呼び止める。
「おまえ、あの女とまだ付き合ってんのか」
「あの?」
「システムの主任だよ、とぼけやがって」
「別にとぼけては」
真実である。自分とみづほは現状、付き合っているわけではない。それどころか──
「物好きだな。苦労すんぞ」
尚隆の返答を聞いていなかったかのように、本庄は言葉を続けた。以前の、みづほに対する柔和な物言いの片鱗は全くなく、ただこちらへの、そしてみづほへの蔑みに満ちた声音である。
「……何がですか」
「知ってんだろ、あの女の噂。デキないっての」
「────」
「いい女だから試してみたいと思ったけど、ああ堅物じゃ、そもそも付き合いにくいよな? ま、いつまでも面倒な女に付き合うほど俺も暇じゃないから、あとは好きにやれよ。噂がほんとなら苦労するだろうけどな。もったいないよなあ」
声に含まれる棘で喚起された苛立ちに、考えるより先に口から言葉が出た。
「そういうこと、あまり外では話さない方がいいと思いますけど」
尚隆の抑えた声に、意表を突かれたような顔で本庄は黙り込む。しばし後、けっ、と言いたげに口をゆがめた。
「おまえもカタい奴だな、つまんねえ。ま、お似合いってとこじゃないのか。じゃあな」
ふい、とそれきり顔をそむけ、本庄は去っていった。駅の方向に引き返す形で。
一緒に歩いていく気にはなれなかったので、尚隆はしばらくその場にとどまっていた。少なくとも普通に歩いて追いつかない程度には離れよう、そう思って。
──本庄に言いかけた通り、みづほとは現状、付き合ってはいない。それどころかあの一件以来、彼女の方から連絡どころか、声をかけてきたこともない。