月がてらす道

 早口で言って、部屋を早足で出る。ドアが閉まるか閉まらないかの状態で階段まで駆け、閉まる音がした瞬間、ふうっと息を吐いた。そのまま勢いで1階まで駆け下り、通用口からビルの外へ出る。
 ……やはり、彼女は自分を避けたがっているのか。もはや間違いないように思われてしまう。そう考えると、これから会社へ戻るのもためらわれるが、言ってしまったことだし、何かのはずみでか、携帯を落としてきてしまったようだ。戻らないわけにはいかない。
 それでも、さっさと引き返す気にはなれなくて、周辺のコンビニを3軒ハシゴしてしまい、再び通用口をくぐったのは30分以上過ぎてからだった。エレベーターで8階に向かう。
 システム課の扉からは変わらず光が漏れているが、妙に静かだ。みづほ一人しかいないのだからそれでむしろ当然ではあるが、直感的に、何かが先ほどと違う気がした。
 足音を忍ばせて、そっと扉を開ける。
 ──みづほが、電源の切れたディスプレイを前に、机に頭を伏せた状態で眠っていた。



 目を覚ましたみづほの、周囲は真っ暗だった。
 ……今、いる場所がどこなのか、全くわからない。
 自分が横たわっているのが布団かベッドなのは、感触でわかる。しかし、それ以外はまるで見当がつかない。そもそもなぜ、横になっているのだろう。
 覚醒しきらないぼんやりした頭を必死に動かし、考えた。
 ──そうだ、今日は報告書とかの書類仕事が佳境で。週明け提出の分だけでなく他の書類も作っていたら、いきなり部屋のドアが開いて……振り返ったら尚隆がいて。
 しばらく押し問答しているうちに、尚隆が、弁当を買ってくるからと飛び出していって、その勢いで落としていった物を見たら、携帯で。
 どうしようかと迷って、結局は、戻るのを待つことにしたのだった。一番近いコンビニは5分もかからない距離だし、15分もあれば戻ってくるだろう、そう思って。
 それから……どうしたのか。20分過ぎても尚隆が戻ってこず、遅いなとは思った。それは覚えている。だが、その後は……そうだ、とにかくあと10分くらいは待ってみようと考えながら、PCとディスプレイの電源を落とした。そして、そして?
 座って頬杖をついている間に──うとうとしてしまった、ようだ。うとうとだけでなく、完全に眠ってしまったのか。
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