月がてらす道
自宅へ戻ってきたけどその間の記憶がない、とは考えにくかった。酒を飲んだわけでもないのに。だが、どこだかわからないこの場所へ運ばれたのにも気づかないほど、熟睡してしまっていたのは確かなようだった。そう考えるしかない。
がばりと跳ね起き、手探りで両脇を確認する。
誰も隣にはいない、みづほひとりだ。そして感触からすると敷いてあるのはマットレスで、自分はベッドに寝ていたらしかった。
そうしているうちに目が慣れて、うっすらと周りの様子が見えてきた。視線の先にドアらしきものがあるところからすると、どこかの部屋──だが自分の家、寝室にしている部屋でないことは確かだ。
右側が壁に接していたため、左に体を回し、床に慎重に足を下ろす。そして立ち上がって一歩踏み出した途端、何かにつまづいた。
「きゃ!」
思わず大きな声が出て、つまづいた何かの上に倒れ込む。意外とクッションがあり衝撃はさほどなかったが、ずいぶん大きくて、もぞもぞと動いている……人が、布団をかぶって床で寝ていたのだ。
再度叫びかけた声を止めたのは「起きた?」と寝ぼけ声ながら聞き覚えのある声がしたからだった。
「…………広野、くん?」
呆然としたつぶやきに、声は「ん、ここ、俺の家」と返してくる。尚隆の家?
「会社で寝ちまって、どうしても起きなかったから。須田の家の道順はっきり覚えてなかったし、放っとくわけにもいかなくて、連れてきた」
説明されるうちに徐々に目が慣れてきて、尚隆の輪郭が見えた。そして羞恥心がわいてくる。やっぱり、寝ちゃったんだ。焦りと、面倒をかけた申し訳なさでいっぱいになった。
「ご、ごめんなさい、迷惑かけて」
「──いや、まあ。タクシーですぐだったし」
頭をかきながら、まだ寝ぼけた様子でぼそぼそと言う尚隆の声からは、彼の本心を推し量りにくかった。だが仮に、彼が言葉通りに「たいしたことじゃない」と思っているのだとしても、こちらとしてはやはり相当に恥ずかしい。眠ってしまったこと自体もだが、その状態でここまで運ばれてきたことも、それでもなお起きずに今さっきまで熟睡していたことも。
「のど乾いてない?」
尚隆に問われ、反射的に喉に手をやる。……確かに、乾いているような気がする。
「ん、と……少し」
「水入れてくる」