月がてらす道

 短く言って、尚隆は部屋を出ていった。ドアが閉まって数秒後、みづほはようやく大きく息をつく。
 そしてあらためて襲ってきた羞恥に、両手で顔を覆った。──まったく、なんて無様なところを見せてしまったのだろう。今までの努力が台無しではないか。
 尚隆にはこれ以上、弱みも何も、見られたくはなかったのに。
 疲れては、いた。一人暮らしの家に帰るのがおっくうだ、そう思う程度には眠くもあった。だが、本当にそのまま寝てしまうだなんて。しかも尚隆の前で。
 と考えながらも、同時に、彼だったからまだ良かったのかもしれない、とも思った。よからぬ考えを持つ人物──たとえば本庄のような人物が相手だったら、どうなっていたか。想像して身震いした。最近、あの男が目立ったちょっかいをかけてこなかったからと、油断していたのではないか。そう自分を叱咤する。
 次いで押し寄せてきた疲労感とともに息をついた時、尚隆がグラスを手に戻ってきた。
 ほら、と差し出されて、やや慌てて受け取る。仕草になんだか、ぞんざいな雰囲気を感じた。……当たり前か、こんな面倒をかけたのだから。
 当然、迷惑に思っているに違いない。胸苦しさを感じながら、できるだけ早く水を飲み干した。
 「……ありがとう」
 礼に、こくりと頷きを返したのみで、尚隆はまたグラスを持って部屋を出ていく。台所へでも戻しに行くのだろう──気まずい。
 今が何時か確かめてはいないが、この暗さでは、夜が明けて電車が動くのはもうしばらく先だろう。けれどもう一度ここで眠り直す気にはなれないし、目が冴えて眠れそうにもない。尚隆が戻ってきたら、今すぐ帰ると言おう。大きい道に出てタクシーを捕まえれば一人で帰れる。カバンはどこだろう、カバンは──
 探そうと立ち上がった時、尚隆が再び部屋に入ってきた。あの、とみづほが口を開くとほぼ同時に、彼の方が先に早口で「じゃ俺、別の部屋で寝るから」と言った。そうして足元の布団、もしくは毛布を持ち上げたので、思わずそれをつかんでしまった。
 「何?」
 「え、……あ、その」
 問われて、自分の行動が謎だと思った。私は何をしたかったのだろう。
 そうだ、帰ると言おうとしてたんだった。思い出したにもかかわらず、何故か言葉を口に出せない。言うために引き止めたんじゃなかったのか。
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