月がてらす道
行ってしまったら言えないから、出ていってほしくなかったから──その思いが、頭の中でぐるぐる回り、どうしたわけか混乱してきた。訳がわからない。
思考の停滞に焦っていると、尚隆が布団か毛布を床に放り出し、ベッドに、みづほの隣に無言で座る。え、と思いそちらを見た途端、肩をぐいと引き寄せられた。
一瞬後、唇が重ねられる。
(────え)
数秒、頭が真っ白になり、我に返った後も、まだキスは続いていた。気づくと尚隆の手が肩から背中に回っている。
反射的に身を引こうとした。けれどすかさず、今度は尚隆の腕に抱きすくめられてしまい、身動きが取れなくなった。
体を固くして、とにかくキスが終わるのを待っていると、そうなるより前にベッドに横たえられる。抱きすくめられたまま。
8年前の夜が、よみがえってくるようだった──夜の闇の中で見下ろしてくる尚隆がどんな表情をしているか、細かくは見えなくてもわかるような気がした。
間違いなく今、あの夜と同じことが起きようとしている。そうならないようにと、ずっと注意して振る舞ってきたにもかかわらず、この状況を嫌だと思っていない自分にみづほは気づいた。
窓の外を車が通り、ハイビームのライトが束の間、部屋の中を照らし出す。尚隆の痛いような視線を、受け止めながらみづほは思った。
……ああ、やっぱり。
私はまだ、この人が好きなんだ、と。
抱きしめた彼女は震えていた。
ホテルに入る前から──いや校門前で会った時から、握った手はずっと、かすかに震えていたのだ。
何故なのかは考えなくてもわかる。彼女、須田みづほは、こういう事柄に免疫がないのだ。ほぼ間違いなく初めてだろう。
そう考えて、今の出来事は、夢に見ていることだと気づいた。8年前の、あの夜だ。
「本当にいいの?」
問うと、みづほは腕の中でびくりと体をこわばらせた。ややあって、うなずく動きを胸に直接感じる。
ここに来るまでずっとうつむいていた、彼女の表情はよくわからなかった。だが引き結んだ口元からは、悲壮な雰囲気の漂う決意が見て取れた。今もきっと同じ表情をしているのだろう。
みづほが自分を想う気持ちを利用している。その事実を確認しながらも、尚隆は引き返そうとしなかった。言い訳でしかないけど、ここまで来てしまったら男としては止められない。