月がてらす道
だから、帰ってすぐに彼女をベッドへ横たえた後も、しばらく迷ったのだ。酒を飲み過ぎたわけではないし、ただ単に疲れて眠っているだけだとは思ったものの、あまりに覚めない深い眠りが心配だったのも確かで、結局はベッドのすぐ横で待機する、イコール自分も眠ることにした。
みづほが朝まで目覚めなければやり過ごせると思って。だがそれは淡い期待に終わった。
最後の抵抗として、みづほに水を飲ませた後は、別の部屋で寝ようと思った。なのにどういうわけか、みづほの方から引き止められた。彼女自身、よくわからないといった顔をしていたが、その行為が引き金になったことは事実だった。
それでも、拒まれたなら止めていただろう。けれどみづほは拒まなかった。あの夜──7年前と同じように、少し震えながらも、尚隆を受け入れた。
昔と同じような物慣れない仕草、恥じらい痛がった様も、あの夜を呼び起こさせるようだった。……あるいはあの時以来、まともに経験してこなかったのか。そんなふうにも思わせるような。
まさかな、と考えつつも、もしかしたら本当にそうかもしれない、という思いもあった。彼女の性格、気性ならおかしくはない。
シャワーを終え、持ってきた下着とTシャツ、ジーンズを身につける。
2DKのキッチンには湯沸かしポットとトースター、小型のオーブンレンジが並んでいる。湯の残り量を確認して、取り出したマグカップ2つに、それぞれスプーン1杯分の粉末コーヒーを入れた。彼女が砂糖を好むかどうかわからずにしばし迷ったが、要るなら後で入れればいいか、と結論づけて置いておくことにする。
運良く2枚残っていた食パンを焼き、1枚ずつ皿に載せてテーブルに並べていたところで、寝室の方から気配がした。みづほだった。
入口の柱に手をついて立つ彼女は、すでに服は着けていたが、ひどく身の置き所がなさそうな風情を醸し出していた。そんなところまで、7年前の彼女とそっくりで、今が今なのか昔なのか一瞬わからなくなる。
しばしの後、みづほに集中していた五感のすべてが胸の奥にぎゅうっと凝縮し、ひとつの感情を作り上げた──いや、もともとそこに存在して眠らせていたものを、呼び覚ましたと言った方が正しいかもしれない。少なくとも7年前、一度はそれに気づきかけていたのだから。
「おはよう、須田」
「……おはよう」
「コーヒー飲む? 砂糖とクリーム要るなら入れ」
「ごめんなさい、帰るね」
え、とつぶやいた時には、みづほはもう尚隆の脇をすり抜けていた。戸惑っているうちに彼女は慌ただしくヒールを履き、玄関の扉を開けて出ていく。
ガチャン、と鉄製の扉が重みで閉まる音がして、それからも数分の間、尚隆はマグカップを持ったまま呆然と立ち尽くしていた。