月がてらす道
【6】予期せぬ出会い


 「おはようございます」
 「おう広野か、ちょうどよかった」
 2ヶ月後のある日の朝。出社した途端、挨拶した課長にそんなふうに言われた。
 何がちょうどよいのか、と思っていると「半井(なからい)専務がな、おまえが来たら個室に呼ぶようにと言ってる。すぐ行ってくれ」とのことである。
 「専務、ですか?」
 「そうだ。知ってるだろう、半井専務は」
 知ってるも何も、営業統括担当の重役であるから、営業部員なら知らないはずのない相手だ。だが、その重役に平社員が個人的に呼ばれることなど、通常はあり得ない。
 何かまずいことをしでかしただろうか? いや、心当たりはない。むしろ入社以来の半年間、成績は右肩上がりだし、この2ヶ月は課内トップが続いている。誉められこそすれ、叱られる材料はない……と思いたいが。
 ともあれ、来たらすぐと言うならば急ぎの用件なのであろう。わかりました今から行きます、と早口で課長に応じて、場所を確認してから向かう。
 個室とは言っても、ここは支社だから、重役用の部屋と言えば支社長室しかない。その支社長は今は、本社に呼ばれて留守のはずであるが、どうだったろうか。
 目的の部屋の前に立ち、2回ノックする。誰何の声に「営業1課の広野です」と答えると「入りなさい」と声がした。
 部屋の中、正面の大きなデスクの椅子は当然ながら支社長の席である。そこに今は、半井専務が座っていた。営業全体の上半期決算の会議で、テレビ通話で一度しか見てはいないが、その自信にあふれた威圧感、整った顔立ちはよく覚えている。テレビを通じてでなく直接に対面すると、相手の持つ雰囲気というか、オーラとでも呼ぶべきものがより強く、こちらに伝わってくるような気がする。
 もっとも、今は非常に緊張しているから、なおさらに威圧される空気を感じてしまうのかもしれないが。
 失礼します、とお辞儀をして部屋に足を踏み入れ、ドアを後ろ手に閉める。尚隆から見て右手の応接セットを専務は手で示して「そこに座って」と言った。
 言われた通りに座る。ドアを開けて目が合った時から、半井専務は今に至るまで、機嫌良さそうに微笑んでいる。とりあえず悪い用件、叱られるような問題ではないかな、と尚隆は心中でつぶやき、ほんの少しだけ心を落ち着けた。
 「すまなかったね、朝早くから呼びつけて」
 「──い、いいえ」
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