月がてらす道
そんな尚隆の目に映る半井専務は、どうやら娘を溺愛しているようで、楽しげに話を続ける。いわく、高校までは私立の女子校に通い、学年で五本の指に入る成績だった、大学では1年アメリカに留学したから卒業は遅れたけど、「大学に残らないか」と教授に言われるほど論文の成績は良かった、などなど。
話半分に聞いたとしても、専務の娘はなかなかの才色兼備らしい。そんな女性が果たして、自分なんかを気に入るものだろうか。
「そんな娘なんだが、どうも男性との付き合いには疎いようでね。年頃だというのにこれまで彼氏どころか、男友達も連れてきたことがない。それで、まあ親のお節介ではあるが、良い相手がいないか探したわけだ。君ならふさわしいのではないかと思ってね」
「俺、いや、私がですか?」
「失礼だが経歴は調べさせてもらった。それなりの大学を出て、エルグレードで恥ずかしくない実績を残している。ご家庭にも問題はないようだし、なんと言っても男気がある」
「……男気?」
「聞いているよ。ストーカーに絡まれていた女性を助けたそうじゃないか」
と言われて、一瞬混乱したが、みづほの一件のことかと思い当たった。
「見て見ぬ振りの人間が多いこのご時世、なかなかできることじゃない。私とて、身内が被害に遭っているならばともかく、そうでなければ君みたいに毅然と対応できるかどうか」
「いえ、あれは」
「わかってる、大学での知人らしいね。だとしても、尋常でない相手から庇うというのは勇気のいることだ。違うかい」
「……ええ、まあ」
例の件の後、みづほとの関係については、聞かれた相手には確かに「大学でサークルが一緒だった」と答えはした。しかしそんなに多くの人間に言った覚えはないし、わざわざ上司に報告したりもしていない。なのに、そんなことまでどこかから聞いているのか。半井専務の情報収集能力に舌を巻くとともに、この人が出世するのは当たり前だなと、尚隆は思った。
「ともあれ、そういうことなんだ。娘にはまだ話していないんだが、君に会ってみる気があるのなら、と思ってね。どうかな」
専務の笑顔を前に、尚隆は沈黙する。
──正直に言うなら、迷っていた。