月がてらす道
みづほはかなり早足で歩いたが、ヒールと革靴の違いで、追いつくのにはさほど苦労しなかった。少々強めに力を込めて腕を引くと、観念したのか立ち止まり、振り返った。
「────なに?」
振り返りはしたが、こちらをまっすぐ見ようとはせず、目を伏せていた。しかも顔を斜めに向けて。話したくない、という意志がありありと感じられたが、屈するわけにはいかない。まだ残る息切れを抑えて、尚隆は口を開いた。
「なんで避けるの?」
「……避けてなんか」
「避けてるだろ、ずっと。呼び出しにも全然応じないし」
「………………」
「理由、言ってもらわないとわからない。納得いかない」
「……何が?」
ためらうような間を置きつつも、首を傾げてそう言ったみづほに対し、思わず語調が強くなる。
「こないだのことだよ。避けるくらいならなんであの時、拒まなかった?」
詰め寄る尚隆に、みづほは開きかけた口を結局は閉じて、沈黙する。その反応を迷いと受け取り、深く息を吸ってから尚隆はついに言った。
「──俺は、須田とちゃんと付き合いたいと思ってるんだ。言えなかったけど、大学のあの時からずっとそう思ってた。だから」
「私は、そんな気ないから」
唐突にみづほが遮った。彼女の発言の内容に、つまづいたように言葉が止まる。頭がついていけず、しばしリアクションが取れなかった。
「…………え?」
間の抜けた声でつぶやいた尚隆を、今度ははっきりと見据えて、みづほははあっと息を吐いた。ため息のような。
「そういうこと、言い出すんじゃないかと思ってた。だから避けてたのに」
「ど、ういう意味だよ」
「たかだか1回や2回、あんなことになったからって、勘違いしないでほしいの。ちょっと寝ただけの女が、予想外に相性良かったから付き合ってもいいかなんて、短絡的に思わないでほしい。
私のこと、ああなるまで何とも思ってなかったでしょ」
あからさまに棘のある口調。みづほがわざとそうしているのは明白で、だが、言われた内容に対してとっさに反論できなかった。
「──────」
ここで、何か言い返せていれば、違った展開になったかもしれない。しかし尚隆は何も言えないままで、みづほの続く言葉をただ聞いていた。
「私だっていつまでも、大学の時と同じじゃないから。気持ちだって変わるし。
……私は、広野くんと付き合いたいなんて思ってない」