月がてらす道
「違うから。広野さんは、大学のサークルで一緒だっただけなの。向こうにはずっと彼女がいたし、私に興味なんか持ってなかった。断じて、付き合ってたことなんかないのよ」
えーそうなんですか、とは受けたが、田村嬢の目はまだ疑わしげである。……というか、元カレ元カノ、ということにしておいた方が話が盛り上がるから、そうしたいのだろう。
みづほは念押しした。
「そうよ、ただの知り合い、昔のサークル仲間。決して、いちどたりとも、付き合ってはいないから。皆にもそう言っておいてね」
「ふーん……」
いかにもつまらなさそうに後輩は応じた。わかりました、と続けて言うには言ったけど、果たしてどれだけの効果が期待できるものかは疑問だ。まあそれでもこちらが言うことはちゃんと言ったし、それ以上は今は何もできない。
とりあえずは今日の仕事だ。昨夜のシステムログを見て、特に問題がないことを確認してから、机の上に置かれたいくつかの書類のチェックをみづほは始めた。
──あの日、尚隆と二度目の夜を過ごした翌朝。
目が覚めた時には、すでに尚隆は隣にいなかった。だがすぐに何があったかは頭に浮かび、感じるいたたまれなさと恥ずかしさは8年前の比ではなかった。
……こんなことは、あの時だけで終わりにしようと思っていたのに。なのにまた。
場の雰囲気と感情に流されて、抱かれてしまった。
とにかく尚隆の家から、尚隆本人から離れたくて、逃げるように外へと出た。いや、文字通り彼から逃げたのだった。
大きな道に出てタクシーを拾い、自宅に戻ってようやく、少し落ち着いた。そしてあらためて思い出す、彼との時間にまた、顔から火が出る思いが湧き上がってきた。
他の誰と、そんな展開になりかけても、先に進む気にはなれなかったのに──どうして尚隆が相手だと、拒否感が吹っ飛んでしまうのか。
彼を好きだから、というのはもちろん理由のひとつとしてあるだろう。だがいくら好きだからといっても、行為に対する不安、緊張がすべて払拭されるとは限らない──実際、そうではなかったのに。
今に至るまで、抱かれた相手は尚隆以外にいない。つまりあの夜は、そういう意味でも8年前以来の出来事。みづほにとって2度目の行為だった。
彼に、そうだと、気づかれただろうか?