月がてらす道

 名指しで掛けられた声に顔を上げると彼女、須田みづほが立っていた。いつもと同じ分厚い眼鏡、ひとまとめの黒髪に制服風ファッションで。
 思わず、苦虫を噛みつぶしたような表情になったかもしれない。誰であろうとサークルの人間にはあまり会いたくなかったから。厳密に言えば、みづほなら何か察したとしてもそれを言いふらすとは思わなかったけれど、それでも気は晴れなかった。
 「別に」
 我ながらぶっきらぼうに発した一言に、みづほは肩を揺らした。あまりの無愛想さに怖じ気付いたのかもしれない。それならそれでもいい、早く向こうへ行ってくれないか。視線を逸らしながら思った希望は、叶えられなかった。
 みづほがベンチの空きスペース、つまり隣に座ったのだ。少なからず驚いて、反射的に彼女を見た。
 同時に、みづほもこちらを見た。真面目な顔つきで、まっすぐな視線で。
 「……何だよ」
 「話したいことがあるなら、聞こうか?」
 なんでも聞くよ、と言うみづほの声が心なしか硬いことに気づく。じっと見返すと、彼女のまばたきが速くなった、ような気がした。
 「別に、何もない」
 普段でもほとんど話すことのないみづほに、付き合っていた女と別れた顛末など、話す気にはなれない。だからそう答えた。だが彼女は、口をつぐんで目をそらしたものの、ベンチから離れようとはしなかった。
 そこで自分が、さっさと立ち上がって去っていたら、あの時の邂逅はそれで終わりだったであろう。だが尚隆は去らなかった。ふと目をやったみづほの横顔に、見入っていたのだった。
 それまで意識したことは正直なかったし、眼鏡の印象が強くて気に留めもしなかったのだが、よくよく見るとみづほは綺麗な目をしている。鼻筋がすっと通っているし、唇はほど良くふっくらとしていて形も良い。今みたいな地味なメイクじゃなく、明るい色合いに変えればもっと可愛らしくなるんじゃないか、なんてことを思った。
 そんなふうに彼女を観察していると、細い首筋から耳にかけての肌が、じわじわと赤くなった。表情は変わりないが、頬にも、チークとは違う赤みが差しているように見えた。
 直感が働いた。
 「──須田って、もしかして」
 「えっ?」
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