月がてらす道

 昼過ぎに会ってから、彼女が好きだという美術館で企画展を見学し、夜は彼女のセッティングで、フランス料理店に来ていた。上品な店構えのわりにはフランクな雰囲気で、テーブルマナーに詳しくない人間には、尋ねれば嫌な顔をせずに丁寧に教えてくれる。無知だからと客をバカにすることなどしない、ちゃんとした店だと思う。
 とはいえ、正直、言われた料理の名前もよくはわからないので、とにかく可能な限り行儀良く食べることで場を乗り切っていた。そしてついつい、皿が下げられ次の料理が来るまでの間に、気が抜けて外をぼんやり見てしまっていたという次第だ。
 「本当、綺麗な月ですね。もうすぐ満月なんでしょうか」
 「え、いや……どうでしょうね」
 「また、広野さんてば。丁寧語はやめてくださいってお願いしているのに」
 「……はあ」
 「私の方が年下なんですから。いつまでもそんな話し方されると、緊張してしまいます」
 「澄美子さんも緊張するんですか」
 「まあ嫌だ。もちろんしますよ、人間ですもの」
 照れくさそうに澄美子は微笑む。たいていの男なら、この笑顔ひとつで、彼女に完全にまいってしまうだろう。正直、尚隆も何度かぐらっと来ている。それほどに彼女の笑みは、そして人柄は魅力的だった。
 ……だが、何かが違う。
 澄美子と会うことは嫌ではないし、会話は心地よい。それでも、彼女とこの先付き合いを続けて、結婚まで至るイメージが、どうにも湧いてこない。
 場所が悪いのだろうか。これまで澄美子と出かけた場所と言えば、美術館や博物館などの施設、公園、この店のような高級料理店が続いている。それらのセッティングはすべて彼女だ。口調は物柔らかなのだが、なぜか澄美子の提案には、うなずかなくてはならない空気が強かった。そして実際、提案に有無を言えない気分にさせられる。
 自分の普段の行動範囲と違う所ばかりだから、気後れが先に立つのだろうか。そんな気もしないではない。
 「あの、澄美子さん」
 「はい」
 デザートが出た段階で、尚隆は思いきって切り出した。
 「次に会う時に行く場所は、任せてもらってもいいですか」
 「え」
 澄美子は目を丸くした。
 思ってもいなかったことを聞かされた、というふうにも見える。だがすぐにその表情を消し、にこりとまた微笑んだ。
 「もちろん、かまいません。広野さんの行きたい所に連れていってくだされば」
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