月がてらす道
何の含みもない口調で澄美子は言った。
その、あまりにも何気ない調子に、じわりと感じた違和感を尚隆は打ち消した。
……そうして、次の週末。
土曜日が半日出勤のシフトだという澄美子に合わせ、日曜日に会う約束をした。
尚隆が立てたプランは、といっても込み入ったものや高尚なものが思いつけるはずはなく、「映画を観に行って喫茶店でお茶、その後居酒屋で夕食がてら飲む」という、学生時代から変わらないパターン。非常にありきたりだ。
しかし、そういう、尚隆にとっての「ありきたり」の状況に澄美子がなじむ──なじめるかどうか。そこが重要なポイントだと思ったから、あえて使い古したプランを選んだ。
ただし映画に関してはつい気を使ってしまい、洋画の、落ち着いたストーリーの(であると思われる)恋愛ものを選んだ。
「こういうの普段観ないんですけど、興味深かったです」
観賞後の澄美子はそう言った。立ち寄った近くの喫茶店では、しばし映画の感想で盛り上がった──と言うべきか。
「あの場面で、男性がああいう行動をとるのはちょっと納得いきませんけど。女性が止めているのだし、危険な場所に行くのは人情に反すると思いますわ。そうでしょう?」
「まあ、あれは戦争時代の設定だから……男は戦地に行くのが当然と思われていた時代でしょうし、行かなければ世間に白い目で見られていたんじゃないかな」
「それがおかしいんです。愛し合っている二人を引き裂くなんて、いくら世間だろうと国だろうと、許されるべきじゃありませんわ。ねえ、そう思いません?」
「……ええまあ、そうかもしれませんね」
でしょう、と意気込む澄美子はちょっと珍しくて、端から見るなら「美人が頬を赤くして熱心に喋る姿は見ものだ」で済むと思うが、会話の相手としては感じるのはそれだけではなかった。
非の打ち所がない、完璧な女性と思える澄美子の唯一とも言えそうな、かつ大きな問題。
当人はきっと無意識であるに違いない。だが明らかに、彼女には「人を従わせなければ気が済まない」性質がある。
尚隆の提案に目を丸くしたのも、熱の入った会話で必ずこちらの同意を求めるのも、その表れだと感じた。おそらく、自分の言う通りに人が動くことに慣れていて、そうではない状況は落ち着かないのだろう。