月がてらす道
と振り向いた瞬間のみづほは、ものすごく驚いた表情をしていた。一拍のち、途中までしか言葉を聞いていなかったことに気づいてか、慌ててまた顔ごと目をそらした。見る間に横顔は首まで真っ赤に染まった。
彼女が予想しただろう「『もしかして』の後に続く言葉」と、自分が「言おうと思った言葉」は、おそらく一致している。そしてその内容は、この反応からするとたぶん間違っていない。
「話、聞いてくれんの?」
「……え、あ。う、うん、話でも愚痴でも聞くよ。他に、私にできることがあるなら何でもするし」
いつもの真面目顔、澄まし顔とはまったく違う、みづほの様子が興味深かった。有り体に言えば面白かった。……だからつい、からかいたくなったのかもしれない。
「何でも?」
まだ赤い顔で、それでも力を込めて頷いたみづほに、自分は言ったのだ。
「じゃ、俺と寝てみる?」と。
冗談、と言うには我ながらふざけすぎていた。
言った直後の、みづほの凍り付いた表情を見て、後悔しなかったわけではない。
けどその時の自分は、発言を引っ込めなかった。その気があるなら5限の後に正門前で、なんて指定まで口にした。みづほが何も答えず、反応を示さないのを機にやっとその場を離れたが──何故あんなことを言ったりしたのだろう、と頭の中では困惑が続いていた。
真面目な彼女が、あんな言葉に従って来るはずがない。さっきの直感通りに尚隆を好きなのだとしても。そう思っていた。
だが、みづほは来たのだ。尚隆が言った通り5限の後、傾きかけた陽に照らされた正門前に。
はいこれね、とIDとパスワードが書かれたメモ用紙を尚隆に渡すと、みづほはにこりと微笑んだ。
「大学卒業してからだから、7年ぶりぐらいだね」
「あ、ああ、そんなに経つかな」
「私、サークルの同期会にもほとんど顔出してないから、会ってないと思う」
微笑んで答える彼女に「そっか」と応じた声の調子は、我ながら硬いと感じた。
「……余計なこと聞くようだけど、確か卒業してすぐ就職したでしょ。ここのグループ会社じゃなかったわよね?」
「あ──そう、入ったのは前の会社。まあいろいろあって、半年前に辞めたんだよ。先輩とかと一緒に」