月がてらす道
言い分が、無いわけではない──あの日、約束などはしていなかった。訪ねてきたのは尚隆の方である。夜に突然のことだったし、コーヒーでも飲んでいけばいいと思ったのは外のあまりの寒さに驚いたからで、他意は全くなかった。
……だが、結果的に彼の抱擁を受け入れ、一晩を過ごしたのは事実である。拒むこともできた。しなかったのは、まぎれもなく自分自身の選択だ。どう言い訳しようとその事実は変わらない。
たとえ自分にいっさいの非がなかったとしても、この写真がある限り、なにを言っても無駄だろう。
「──いえ、何もありません」
「なら、認めるんだね」
「はい」
そうか、と淵上部長はため息を吐き出すように言った。その「残念だよ」と言いたげな口調で、次に何を言われるのかも、なんとなくわかってしまった。
「須田くんは、入社以来システムの方で、よく頑張ってくれたよ。前坂くんから女性を主任にすると聞いた時も、反対はしなかった。君ならまあ務まるだろうと思ったからね。
その君がこんなことをしでかすとは……本当に残念だよ」
課長の名前を挙げ、淵上部長はいかにも惜しむような調子で、今度は声に出してそう言った。どこまでが本心なのかは疑わしいが。昇進の際「反対はしなかった」と言った通り、色よい反応も返さなかったと、前坂課長から聞いている。
「非常に残念だが、君がこの会社にいると、また同じ間違いを起こさないとも限らない。申し訳ないが、なるべく早く、辞めてもらいたいというのが上の意向だ。了解してもらえるだろうか」
表向きは疑問形、こちらの意思を確認している形だが、実質的には勧告に違いない。もしこの場で騒げば、公式に懲戒退職という事態にもなりかねないだろう。部長の表情を見てみづほはそう察した。
とても、不本意ではある。熱を入れてきた仕事を、こんな形で辞めねばならないなど──だが、証拠を突きつけられた上に、おそらくは半井専務の意向が働いているのであれば、どうしようもなかった。
絞り出すように、みづほは懸命に言った。
「…………承知しました」
「そうか。聞き分けが良くて助かるよ。ああ、もちろんだが自己都合退職扱いになるから、そのつもりで頼むよ」
「はい」
「それで、いつ辞められるかな。できれば2週間ぐらいでどうだろうか」
「──後任への引き継ぎの都合もありますから、せめて1ヶ月は頂きたいのですが」