月がてらす道
「長いな。3週間程度にならないかね」
「……わかりました、では3週間で準備します」
「よろしく頼むよ」
部長との話を終え、小会議室を出て数歩進んだところで、みづほは立ち止まってしまった。システム課へ早く戻らなければいけないのに、足が動かない。
──心が、ひどく打ちひしがれていた。
上の意思であっさりと会社に切り捨てられたから、だけではない。自分の仕事が、しょせん2・3週間程度で人に任せられること、つまりは誰にでもできることに過ぎないと判断された。それが想像以上に辛かった。
客観的には、事実なのかもしれない。そうでなければ後任に引き継ぐこともできない。……だが、主任になって1年足らずとはいえ、精一杯の仕事をしてきた。目立つ立場ではないけれど重要な仕事、そう思って頑張ってきたのだ。
なのに──
「よう、どうした」
神経に障る声がして、顔をそちらに向けると、本庄が立っていた。……ああそうか、ここは9階、営業フロアなんだっけ。だったらなおさら、早く立ち去らなくては。
実行に移そうとした瞬間、本庄が「なんかあったか?」と先ほどと同じ口調で問うてくる。あなたには関係ない、と言い置いて去ろうと思った。だが、できなかった。
再び見た本庄の顔に、無視できない意味ありげな笑みが、貼り付いていたからだ。その表情で直感した。
「────まさか、あなたが?」
ぷっ、と本庄が息を吐き出して笑う。
「なんのことだよ」
その表情と目つき、声音から、相手がとぼけていることは明らかだった。本庄ならこちらの家を知っているし、これまでの経緯上、ああいうことをする動機もある。みづほを陥れる絶好の機会だと思ったに違いない。
その執念に基づいた行動を想像し、また寒気を感じる。
だが、本庄がやったという確実な証拠がない以上、この場で問いつめることはできなかった──それに、そんなことをしてもこの男は認めないだろうし、仮に認めたところで何も変わりはしないだろう。みづほは諦めるしかなかった。
「──いいえ、なんでも。私の勘違いです」
「だろうな」
くくっ、と喉を鳴らして本庄は再度笑う。しつこく続く声をそれ以上聞かないよう、みづほは足早にその場を去った。
……あまり長くこのフロアにいると、今度は尚隆に出くわすかもしれない。それだけは、どうしても避けたかった。
今、彼に会ったら、何か声を掛けられたら、平静を保てるとは思えない。せめて、みっともない言動は、最後までしたくなかった。誰の前であろうと。