月がてらす道
【9】彼には言わない
その電話は、金曜の夜にかかってきた。
「広野さん、私やっぱり、納得いかなくて……お会いして話をしたいんですが、いいですか」
「もちろんです」
いいですかも何も、こちらは最初から、会ってきちんと話をしたいと申し出ていたはずだ。用件はすでに電話で伝えたとはいえ。それを、なんやかやと理由をつけて会う機会を作ってくれなかったのは、澄美子の方である。
自分が出張の間は致し方なかったにせよ、帰国してからすでに、1ヶ月以上が経っていた──澄美子はその間、何を考えていたのだろう。
おそらく、いや絶対に、すさまじい勢いで責められるに違いない。当然、覚悟の上だ。
明日の午後に会う約束をして、通話を終えた。
尚隆が待ち望んでいた連絡が来たのは、澄美子からの電話が来る、ほんの1時間ほど前だった。
「いま電話大丈夫か? 連絡、取れたぞ」
「ほんとか?」
「おう、海外のしかも奥地だから、時間かかっちまったけどな。やっとメール見られる環境に戻ってきて、こっちが送ったのを読んだって」
電話の相手は、大学のサークルで同期、かつ自分たちの代で部長を務めていた、竹口という男である。みづほが姿を消して、行方を調べる中で思い出したのが、彼だった。
不動産屋はもちろんのこと、会社の総務にも、個人情報は明かせませんと連絡先は教えてもらえなかった。携帯も、いつの間にか着信拒否登録されたようで、呼び出し音すら鳴らせなくなってしまった。
途方に暮れかけた時、年賀状の存在を思い出した。さほど多くはない枚数のハガキの中に、律儀に毎年送ってきていた竹口のものがあり、彼ならば、もしくは彼のツテで誰かをたどれば、みづほの実家の住所を知ることができるのではないかと思った。