月がてらす道
他の客からは距離のある、店の奥の二人席を選んで座る。
向かい合うと、何か感心したようなまなざしで、尚隆がこちらを見ていた。
「なに?」
「いや、ここ、ほんとに地元なんだなあって思って」
「それはまあ、高校出るまで住んでたから」
注文を取りに来た、これまた顔なじみのウェイトレスに、みづほはミックスジュース、尚隆はブレンドを頼んだ。
「で、話って?」
ウェイトレスが離れていってから尋ねると、尚隆は怪訝な表情になった。少しむっとしたようにも見える。
それがなぜなのかわかっていながら、みづほはわざと「どうかしたの」とさらに尋ねた。
「…………、もしかして、忘れたとか言う?」
「何を?」
「っ、言っただろ、ちゃんとしてから話すって」
もちろん覚えている。あの日のこと──一緒に過ごした夜から朝にかけてのことは、全部。今でも思い出すと、じんわりと頬が熱くなる。それを見られないように若干うつむきながら、みづほは応じた。半分は本心、残り半分は牽制で。
「聞いたけど。でも、本当になるとは思わなかったから」
「──信じてなかったってこと?」
「だって、無理でしょそんなこと」
普通の男性なら、専務から娘を(それもハイスペックな美人を)紹介されて、何度も会っておきながら断ったりはしないだろう。自分の意志と、可能か不可能か、両方の意味で。
だが、尚隆は首を振った。ものすごく真剣な顔つきで。
「無理じゃない。だから来たんだ」
「……断ったの?」
「ああ」
「そう」
みづほは複雑な気持ちだった。彼がそこまですると最初からわかっていたなら、辞めずに済んだだろうか。……いや、もしもを考えても詮無いことだ。それに。
「彼女にも、専務にも会って、ちゃんとお断りした。ちょっと揉めはしたけど許してもらえたし、仕事にも差し障りないから安心して。
それと、専務が『申し訳なかった』って。本人さえよければ復職の手続きも取るって、伝えてくれって」
「復職?」
「会社に戻れるって話だよ。あの仕事、好きだったんだろ」
ますます、複雑な気持ちを感じる。……確かに、システム管理の仕事は好きだったし、未練がまったく消えたかと問われれば、たぶん嘘になる。今この時、心の揺らぎがゼロかと言えば、そうではない──だけど、無理だ。
今度はみづほが首を振った。尚隆が目を見張る。