月がてらす道
「さてと、……すまない、話をするのに適当な店はあるだろうか。最近はカフェだとかが多くてよくわからないんだ」
「では、そこのコーヒー屋でもよろしいですか」
かまわないよ、との専務の言質を取り、コーヒーとワッフルが売り物のチェーン店に入った。ここなら他のカフェよりも喫茶店に近い雰囲気だから、専務もそれほど居心地が悪くはないだろう。
セルフのオーダーカウンターで、尚隆はカフェオレ、専務はアイスブレンドを注文し、それぞれ受け取る。手近な空席に座り、しばし喉を潤した。
先に話を始めたのは半井専務だった。
「澄美子がね、来月、アメリカに行くことになったよ」
「あ、そうなんですか……急ですね」
「もともと声はかけられていたようなんだ、向こうの本社で人が足りないからってね。ただ、本人が渋っていて。今の上役との仕事が楽しかったようだし、君との件もあったから」
「──その節は、お嬢さんにも専務にも、大変失礼をいたしました。あらためてお詫び申し上げます」
尚隆が膝をそろえて頭を下げると、専務は「いや」と応じる。
「それはもういいんだ。こちらもちょっと、強引だったかもしれないと思っているし──結果的に、君だけでない人にも迷惑をかけてしまった」
「とんでもないです。俺、いえ私が、元はといえばちゃんと自分の意志をはっきりさせていなかったからで」
「まあそうかもしれないが、若いからね。いろいろあるだろう」
何やらしみじみとした口調で、専務はそう言った。たぶん50代半ばと思われる今でもなかなかの容貌だから、若い頃はさぞモテたであろうし、実際、きっと「いろいろ」あったのだろう。
そう思うと不思議と、半井専務から感じていた無言の圧力やこちらの少なからぬ反発心が、消えるとまではいかなくてもかなり減っていくような気がする。特に後者に関しては。
半井専務は「自分が指示したことではない」とみづほの退職について述べたが、頭の隅にはずっと疑いが残っていたのだ。だが今では、専務は嘘をついていないだろうと思える。
おそらくは、営業畑出身という総務部長が、専務の顔色を勝手にうかがって、独断で決めたのだ。この件で専務に良い顔をしておけばいずれ営業に戻れるかもしれない、といった思惑もあったかもしれない。