月がてらす道

 その質問に、みづほの母親は答えない。執拗なほどにじろじろと、尚隆の顔を見ている。何か隠し事がないか、嘘をついていないかどうかを見極めるかのように。不躾とも言える視線に、尚隆は耐えた。必要な試練だと思って。
 よくよく見れば、みづほの母親には言いたいことがあるようだった。ずっと口元に手を当てて、何かを言うタイミングを測っているように思える。
 何分経ったかわからない頃、みづほの母親は、我慢できなくなったふうに口を開いた。
 「あなた、いったいどういうつもりで、うちの娘と」
 ほとばしった言葉が、そこで途切れた。尚隆の背後に何かを見て。
 振り返って、みづほの姿を認め、仰天する。
 みづほも、おそらくはこちらと同じぐらいに、驚愕していた。持っていたケーキ屋の箱を地面に落とすぐらいに。
 大学時代のように眼鏡をかけ、長かった髪は頬のあたりまで短くされている。おかっぱ、いやショートボブというのだろうか。それも似合っていて可愛らしい、と思ったのは後からのことで、今この時はそんな余裕はなかった。
 ……ゆったりしたワンピースの下、明らかに普通よりもふくらんだお腹。それを見て、全ての合点がいった気がした。
 彼女が何も言わずに消えたのは、会社を辞めた理由のせいだけではなかったのだ。


 実家の応接間で、みづほは尚隆と向かい合って座った。
 とにかく話をしなさい、と至極もっともなことを言った母が、半ば強引に尚隆を家に上げ、躊躇するみづほを引っ張るようにして、セッティングを済ませてしまった。
 ──怒ったかな、母さん。怒っただろうな。
 なにせ母には、相手とは話がついている、自分一人で産んで育てることにしたから、と言ってあったのだ。その時も、当然ながら母は困惑して憤慨したが、みづほに対してというよりはやはり、子供の父親──尚隆に対して怒っている比率が高かっただろう。彼を悪者にしてしまっていることに罪悪感を少なからず感じはしたが、もう会う気はなかったし、母にも会わせるつもりはなかった。
 それなのに彼は、わざわざ実家を調べてやって来て、別れをはっきり告げたにもかかわらず、懲りずにまた訪れた。
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