月がてらす道

 そうして、結論を出した。尚隆には言わない。母に協力を頼むことにはなるけれど、実家で産んで育てようと。中絶の選択肢は、頭をよぎりはしたけど、すぐに打ち消していた。産むのは怖いけど、芽生えた命を殺すのはもっと嫌だ。アクシデントに近い形とはいえ、好きな人の間に授かった子供。最初の逡巡の後は産むことしか考えなかった。
 実家は、友達の中でも限られた人しか知らないし、会社や不動産屋が明かすはずはないから大丈夫、そう高をくくっていた。だが甘かった。知っている友達には、残らず口止めをお願いしておくべきだったのだ……本気で、二度と彼に会う気がないのなら。
 そうしなかったのは、心のどこかで、探し当てて来てほしいという思いがあったということなのか。自分でもよくわからない。
 「今、何ヶ月?」
 「…………8ヶ月。もうすぐ9ヶ月」
 問いに答えると、尚隆はうなずき、何かを指折り数えた。
 「あと2ヶ月か、じゃあ何とかなるかな、いろいろ」
 その言葉に、神経が引っかかった。……やっぱり、言われるのか。みづほはすかさず機先を制する。
 「言わないでよ」
 「え?」
 「結婚しよう、なんて言わないで」
 持って来た袋をいじっていた、尚隆の手が止まる。
 「……なんで?」
 「そういうこと、言われたくなかったから、話さなかったのに」
 「どういう意味だよ」
 「子供ができたから責任を取るなんて、そんなふうに言われたくないの。そんな結婚したくない。子供にも悪いし。
  ……産むって決めたのは私だから、私がひとりで育てる。広野くんに世話をかけるつもりはないから」
 「────、ちょっと待てよ」
 絶句した後、尚隆は半分叫ぶように、詰め寄ってきた。
 「そんなのおかしい、俺が全然関係ないみたいな言い方。だって」
 俺の子なんだろ、と辛いものを吐き出すように聞かれて。
 「……そうよ」
 答えないわけにはいかなかった。
 「けど、私の子でもあるから。私がちゃんと育てるから。そのために仕事、産んでも続けられる所を選んだし」
 「みづほ、そういう意味じゃ」
 「とにかく」
 言い募ろうとした尚隆の言葉を、無理矢理さえぎった。
 「私は、あなたに頼らないって決めたから。だからこのことは忘れて。……もう、ここには来ないで。本当に」
 早く、早くあきらめて帰って。
 でないと、泣き出してしまいそうだ。みづほは深くうつむいた。
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