月がてらす道
スマートフォンを確認するが、まだ、新しい連絡は来ていない。朝早くの一報からこちら、落ち着こうと思いつつも、やはり難しかった。
──今日は、みづほの出産予定日なのだ。
みづほの実家を、2度目に訪ねていったあの日。
予想だにしなかった彼女の妊娠を知って、正直なところ、天地がひっくり返るとまではいかずとも、近いレベルで仰天した。
……だが、予想しておくべきだったのだと、後から考えて思った。みづほの家で過ごしたあの時、持ち合わせがなくて(当然ながら彼女の家に買い置きがあるはずもなく)、そのままで事に及んでしまったのだから。しかも3度も。
みづほの体の周期を気にすることもなく──彼女がなにも言わなかったのをいいことに。
だから最初の驚愕が引いた後は、ひとつの考えしか頭にはなかった。いや、もともと持って来た考えが、よけいに強固になったと言うべきか。
しかし、結婚の申し込みをしようとした尚隆に先んじて、みづほはその可能性を否定した。迷いなくきっぱりと。妊娠の驚きよりも、そちらの方が衝撃的だった。しかも、結婚は断るのに子供は産むという。自分だけで育てるからと。
あまりにも無茶苦茶だと思った。間違いなく二人の子供であるのに、こちらは関係がないような言い方をする彼女が。尚隆が責任を感じることがおかしいような発言までして。
みづほの固辞する姿勢の、あまりの堅牢ぶりに、せっかく持って行った指輪の箱を出しそびれてしまったほどである。4ヶ月近く、節約に節約を重ねて、ささやかな貯金とボーナスもほぼつぎ込んで買った、ダイヤモンドの指輪。
須田家を辞去する間際、送りに出てきたみづほの母に、それを託そうとした。が、それは自分で渡した方がいいから、と突き返された。当然といえば当然である。
その代わりに、みづほの母は、自身の電話番号とLINEのIDを教えてくれた。何かあれば連絡するし、尚隆からもしてくれて良いからと。
だからこれまでの約2ヶ月、月に数回は連絡を取り合い、みづほの様子や、出産や産後に必要になるであろう金銭について伝えてもらっている。出産費用については保険が利くというが、これまでの検診でもそれなりに出費しているはずだと思い、先々月と先月の給料からはそれぞれ8万円を、みづほの母に渡していた。