月がてらす道
多少の期待を込めて、実家まで手渡しに行ったのだが、彼女には会えなかった。先々月は不在、先月は、切迫早産と診断され入院しているとのことで。大したことはなく念のための安静処置ということではあったが、聞いた時には焦った。
そんなこんなで、迎えた出産予定日。その早朝に、陣痛が始まった、とみづほの母からのLINEメッセージが届いたのだった。落ち着け、という方が無理な話である。
今は午後3時過ぎ。メッセージが届いてから、すでに9時間を超えている。こんなにも時間がかかるものなのか。兄は妻子持ちだが、子供が生まれる時の話を詳細に聞いたことはないから、この状態が一般的なのかどうかはわからない。
だが出産にともなう痛みが尋常じゃないのはよく聞く話だし、その痛みと9時間以上もみづほが闘っているのかと思うと、気が気じゃなかった。午後の仕事をどうやってこなしていたのか、後から思い返してもよくは思い出せない、そんな精神状態で過ごしていた。
──そして、午後8時を過ぎた頃。
尚隆は今日も残業をしていた。さほど急ぎの仕事ではなかったのだが、何かしていないと気が紛れない、家に帰ってもじりじりしているだけで落ち着かないと思って。加えて、最近残業が多いのは、仕事自体がそこそこ忙しいからでもあるが、将来のため、貯金する金額を少しでも増やすためでもある。
先日の指輪購入で貯金のかなりの部分を消費したし、みづほにいくらか渡しつつも多少は金を貯める、となるとやはり意識的に残業を増やさないと追っ付かない。見積書数件を、計算や文章を間違えないように気をつけて作成し、ともすれば上の空になりがちな己を叱咤して作業していると。
ピコン、とスマートフォンの通知音が鳴った。この音は、LINEだ。作業を放り出してスマホに飛びつく。
みづほの母からのメッセージが入っていた。時間は今。
『生まれました。女の子です』
簡潔な文章に続いて、1枚の写真。汗だくのみづほの顔、そして隣には生まれたばかりの赤ん坊。
知らず、スマホを握りしめていた。
今ほど、どういう言葉で表現すべきかわからない気持ちを感じたことは、たぶんなかった。感動と、緊張が解けた脱力感と、喜びやら嬉しさやらが一緒くたになった感じ。
……ああそうだ、感謝、だ。