月がてらす道

 そして毎回、みづほと凛の様子を尋ねた後、お金の入った封筒を母に渡して、帰っていく。不在でなかった時は「会えないか」と必ず問われたが、一度も顔は出していなかった。
 ……尚隆が置いていくのは、決まって8万円。それ以外にも、出産直後には10万円を持って来たと聞いている。営業職の給与内容については知らないし、クロウヂングプロダクトはそれなりに金払いの良い会社ではあるけど、8万円をぽんと出して懐が痛まないほど高給ではさすがにない、と思う。
 彼は何を思って、それだけのお金を毎月、渡しに来ているのだろう。
 当然、気にはなる。だがみづほの方から聞くのははばかられる思いだった。勘違いにせよ考えすぎにせよ、彼がしようとした(であろう)プロポーズを、自分は断ったのである。臆面もなくそんなことを聞けるわけがない。そもそも、今さらどんな顔をして会えるというのか。
 ──しかし、いつまでもこのままで良いはずもない。
 ふう、とひとつため息。眠った娘をベビーラックに乗せ、自動機能をオンにする。ラックのベッド部分がゆらゆらと、凛が起きない程度にゆるやかに揺れ始めた。
 このオートスイングラックは受け取った10万円から資金を出して、買ったものである。実家用と職場用に1台ずつ買った。みづほも母も仕事持ちだし家でも何かと忙しいから、この機能は有り難いと思い、迷わず選んだ。家に一人でいる時も、職場での仕事中も大いに役立ってくれている。正直、あの10万円があって助かった。
 ただし使ったのはその分だけで、毎月の8万円はすべて、凛の名前で銀行に貯金している。ラック以外の育児用品は、みづほがこれまでに貯めてきた分と母の援助でそろえられたし、毎日のミルクは生活費に少しプラスすれば事足りる。そろそろ離乳食を始めなければいけないが、それも当面はたくさん必要なわけではないし、自分と母二人ともが働いている今の経済状況なら、問題はないはずだ。
 スイングラックを横に置き、机に家計簿を広げて、みづほはそう考えた。雪が止んで買い物に行けるようになったら、お米を買い足さなければ。当面の予備はあるけれど、最初の離乳食は10倍がゆからだというし。
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