月がてらす道
ちなみにみづほが今いる部屋は、かつて自室として使っていた和室。学生時代の学習机は処分したので、木製の大きなテーブルを部屋の真ん中に置き、その脇にベビーラックを配置して、母子二人の部屋として今は使っている。
母は今日は、勤めている介護施設に昼間の勤務で出ているのだが、この雪ではおそらく車が走れないだろう。急きょ、夜勤の連続シフトを入れて泊まってくるのではないかと思っていたら、LINEで連絡が入った。やはり、今日は職場泊まりにするらしい。
……となると夕食は1人分でいいのか。何にしようかな。
みづほがそんなふうに思案を巡らせていると、インターホンが鳴った。予測していなかったのでわりと真剣に驚いた。
こんな雪の時に、いったい誰が? 郵便配達や新聞配達なら通常、チャイムを鳴らすはずもない。けれどもしかしたらポストに雪が積もって、開けられない状態になっているかもしれない。
そっと部屋を出て、そこからは早足で玄関に向かう。昔は大家族で住んでいたこの家は、3人で住むには部屋数が多すぎ、必然的に広い。のんびり歩いていたら玄関まで1分はかかってしまう。
最後の角を曲がり、玄関の扉に写るシルエットを見て、まさかと思う。7ヶ月見ていなかろうと忘れたりはしない背格好。躊躇したが、ここまで来て開けないわけにもいかない。
鍵を開け、引き戸を左に引く。扉を開けたのがみづほとわかって、彼も驚いたようだった。
「……いたんだ」
「土曜日だから」
ああそうか、と傘を閉じながら尚隆はうなずいた。ビニールの透明傘は、駅前のコンビニででも買ったのだろうか。
風が出てきて、雪は斜め降りになっている。傘を差していても防ぎきれなかったようで、彼のコートの左側は少し濡れていた。
そのコートの懐から、尚隆は封筒を取り出す。見覚えのある、いつもの茶封筒。
「これ、持って来た。先週は出張で来られなくて。
──元気にしてる? 二人とも」
「……うん、元気」
「そっか。じゃあ、また」
と、閉じたばかりの傘をまた広げて、降りしきる雪の中へ出ていこうとする尚隆を「ちょっと待って」とみづほは呼び止めた。そうされるとは思わなかったのだろう。先ほどと同じくらいに驚いた顔で、彼は振り返る。
「何、どうかした」
「……最寄りの線、この雪で運休するみたい」
「えっ、マジ?」