月がてらす道
「帰れないでしょ。だから、今日は泊まっていって」
「────え」
「み、妙な意味じゃないからね。この辺ホテルも民宿もないから、困るだろうと思って言ってるだけ。部屋なら余ってるし」
明日どうせ日曜だから仕事はないでしょ、と続けると尚隆は「まあそうだけど」と戸惑ったように受ける。だが客観的に考えて、他に方法がないと悟ったらしい。困惑顔は消さないままで「じゃあ一晩だけ頼める?」と応じた。
尚隆を通した部屋は客間のひとつで、いつ誰が来ても良いようにと整えてある場所だった。たまたま今朝、よく使う部屋とともに掃除をしておいたので、タイミングが良かったと思う。使う人が退屈しないよう、コンパクトサイズのテレビとDVDレコーダーも設置してある。ついでにこの家は母親の仕事の都合もあって、Wi-Fi完備でもある。
「スマホの充電器、ある?」
「バッテリーなら持って来たけど」
「端子なに、Cケーブル? じゃあ持ってくるから」
「コート、ここでいいかな」
「そっちのハンガー使って」
そんな会話を交わしていると、約7ヶ月、話をするどころか顔も見ていなかったことが、嘘のように思えてくる。
突然こんな展開になって、尚隆はさぞ戸惑っているとは思うが、みづほの方も正直、負けず劣らずの心境であった。どんな顔で対応すべきか判断がつかず、結果的にたぶん、かなり無愛想になっている気がする。しかし愛想良くするのもなんだか違う、というかわざとらしい気がして、できない。
部屋の使い方をひととおり教えて、廊下へ出る。自分の部屋へ戻ってきてから、やっと大きく息を吐いた。
……まさか、こんなことになるなんて。
同じ屋根の下、親子3人が初めてそろってしまった。しかも別々の部屋とはいえ、一晩を一緒に過ごすのである。
「…………とりあえず、晩ごはんどうしようかな」
材料は、ある。母が食べるはずだった分を回せばいい。彼の好みに合うかどうかはわからないけど、いい大人なんだから、もし好きでない物があっても我慢してもらおう。
考えていたら凛が起きたので、母乳をあげミルクを足し、おんぶひもで背中におぶって、夕食の準備を始めた。