月がてらす道
部屋のテレビをニュース番組に合わせつつ、尚隆はスマートフォンで仕事のメールが来ていないかチェックする。届いていた問い合わせに返信を送ってから、この辺りの天気と電車の運行状況がどうなのかを調べていると、障子がそっと叩かれた。
はい、と反射的に返事をして、姿を現したのは、当然だがみづほである。膝をついて、敷居を踏まないように入ってきて。次いで、廊下に置いていたお盆を持ち上げた。
「ごはん、作ったから。ありあわせの物しかないけど」
ちょっと目を見開いた尚隆が見たのは、テーブルに並べられる夕食の皿の数々。鮭の味噌漬けを焼いたものに、ししとうが添えられている。他には、鰹節のかかったほうれん草のおひたし。ひじきとにんじんと油揚げの煮物。具だくさんの豚汁に、茶碗に多めに盛られた白飯。立派な和食膳だった。
「いや、充分だよ。ありがとう」
「ごはんと豚汁は、お代わりあるから。要るなら呼んで」
そう言って、足早にみづほは出ていった。一緒に食べる、という展開を少し期待していたのだが、そういうわけにはいかないようだ、さすがに。
「いただきます」
手を合わせ、男物の箸を取る。これは、みづほの父親が使っていた箸だろうか。亡くなった人が使っていた物だと考えても、格別抵抗は感じなかった。むしろ、彼女と母親が亡き家族の思い出を大事にしていると思えて、好ましい。
まずはお椀を持ち上げ、豚汁をすすった。肉と野菜のだしがよく出ていて、美味しい。知らず笑みがこぼれる。
みづほの家で一晩過ごした翌朝、彼女が作った朝食を初めて味わった。卵焼きと大根おろし、サラダと味噌汁、白飯といった、当人いわく「簡単なもの」だったが、卵の焼き加減も味付けも、サラダの野菜の切り方も文句のつけようのないレベルだったと思う。彼女が料理上手なのはその時から予想がついていた。
この夕食も、鮭はきれいに焦がさず、その上できちんと火が通っているし、ほうれん草の茹で具合も煮物の味付けも、非常に程良い加減で箸が進む。自分でも呆れるほど、あっという間に食べ終えてしまった。
白飯と豚汁のお代わりをもらおうと思ったが、さて、どう呼べばいいのかと少し困った。携帯は着信拒否状態になっているはずだし、ここで呼ばわって声が届く距離にみづほがいるかどうかもわからない。尚隆は立ち上がり、廊下に出た。