月がてらす道
台所がわかれば、と思って勘で歩き回ってみたが、目的の場所にはたどり着かない。その代わりにというか、みづほのものらしい(というか間違いなくそうであろう)声が聞こえる部屋の前に来てしまった。
優しい声音は、子供をあやしているからだろうか。
入っていいものかどうかしばし迷い、部屋を出てきた目的を思い出し、勇気を出して障子を控えめに叩く。
ぴたりと、彼女の声が途切れた。軽い足音がして、障子がすっと開く。
「……どうかした?」
「あ、その。お代わりもらいたいと思って」
「わかった、ちょっと待ってて」
と一度は背を向けたみづほが、なぜかそのまま静止した後に、また振り返る。沈黙が数秒続き。
「────顔、見ていく?」
「え?」
「あの子の」
あの子、と言われてすぐに思考が結びつかなかった。気づいてはっとする。
娘の、凛のことに違いない。
もちろん、ずっと気にかけてはいた。みづほの母が、折に触れてLINEで写真を送ってくれてはいるが、じかに顔を見たい、会いたいという思いは止むどころか、日毎に大きくなっていたのだ。……だが、現状では難しいかな、とも思っていた。みづほがその気にならない限りは。
「今、寝てるけど、それでもよければ」
「あ、いや全然。かまわない。起こさないようにするから」
「じゃ、入って」
招き入れられた部屋は、尚隆が今使っているのと同じ程度の広さの、和室。違いはと言えば、奥の壁の半分を本棚が占めている。空いている部分の壁の色が少し違うのは、昔何かの家具を置いていたからなのか。彼女が自室として使っていた部屋であるならば、学習机とかかもしれない。
中央の大きなテーブルの上には、何かの冊子が広げられ、メモのような小さな紙が積み上げられている。部屋に入ってすぐ、みづほはそれを片づけた。ちらりと見えた冊子の表紙からすると、家計簿のようである。
……そして、こちらから向かって左側。揺りかごに似た、四つ足の大きな器具があり、みづほがその上から抱き上げたのは。
「両手、出して」
大切そうに抱え、こちらの腕にゆっくりと預けてくる、小さな存在。右肘の内側に頭、腕で背中を支えて、とみづほが指示する体勢をぎこちなく真似ているうちに、それは、腕の中に納まった。
「……こんな小さいの?」
「5ヶ月になったばかりだから」