月がてらす道
……だが、努力の甲斐あってか、何らかの効果は及ぼしたようだった。娘は徐々に泣き声を小さくし、涙は止まっていないものの、親指をくわえてぐすぐすと鼻をすする程度まで治まってくれた。はああ、と心底からほっとして息をつく。
そのすぐ後、ぱたぱたと戻ってくる足音。障子の向こうからみづほが姿を現した。
「遅くなってごめんなさい、ポットのお湯がなくなってて」
時間がかかった理由を説明しながら、みづほはこちらの腕から赤ん坊を受け取る。ほ乳瓶の乳首をくわえた途端、娘はすごい勢いで飲み始めた。食欲旺盛らしい。結構なことだ。
「さっき歌ってたのって、広野くん、だよね」
と問われ、頬が少し熱くなる。
「……聞こえてた?」
「ちょっとだけね」
「下手だったろ」
「ううん、そうでも──」
唐突に言葉を切り、みづほは横を向いた。笑いをこらえているのかと思ったが、伏せた彼女の目元は笑っていない。代わりに、涙がぽたりと一粒、娘の服に落ちた。
「…………」
「────」
膝の上で拳を握りしめる。キスしたい、という思いを努力してこらえた。みづほにそんな気は、今はないだろうから。だが娘にミルクをあげている状況でなかったら、強引にでもしていたに違いない。この状況下でよかった、と思う。
全量飲んだ後も、娘はほ乳瓶を離さなかった。もっとよこせとばかりに両手で持った空の瓶を振り回している。意外と力が強いらしい。
みづほは目元を拭ったものの、こちらを向かずに「部屋に戻っててくれる? 寝かしつけてからお代わり、持って行くから」と言った。
そう言われては戻るしかない。じゃよろしく、と言い置いて尚隆は部屋を出た。
うろ覚えで廊下を歩きながら、先ほどと同じぐらい大きなため息をつく。思いがけず娘に会えたのは嬉しかったが、そのせいで、押し込めている願望がまた頭をもたげてきた。今は考えるなと戒めてはいても、ふとしたきっかけですぐ浮上してくる。それが最終的な目的であるから当然と言えば当然なのだが、こんなにも抑えがたいのは、みづほの妊娠を知ったあの日以来かもしれなかった。
──彼女と結婚して子供を一緒に育てたいという、たったひとつの願望。