月がてらす道
「それはしょうがないんじゃねーの? 営業のくせに、週末は全部予定が入っててダメなんて奴、何してんのか勘ぐられても。その手の話はどっかから洩れるもんだよ」
尚隆の疑問に、訳知り顔で森宮は言ったものだ。確かに、初めて娘と対面した2月のあの日以来、毎週といっていいほど、みづほたちの元を訪ねている。自身の顔すら頑なに見せなかったみづほが、あれ以降は毎回出迎えてくれるし、娘が起きていれば会わせてもくれる。長い時間ではないけれど、いやだからこそ、週に1度のその時間は楽しみなものになっていた。娘の成長をリアルタイムで追えることも嬉しい。
だが、いつまでもこの状態で良いとは思わない。通い妻、もとい通い夫の現状は、単身赴任でもないのに不自然だし、なにより両親が結婚していない状態というのは、娘の将来を考えれば良いことではないだろう。
「……で、報告は済んだんですか森宮さん」
「おっとそうだった。まずいまずい」
口振りとは裏腹に、さほど慌ててもいない様子で、森宮は課長の席へと向かう。そのとたんに周囲の視線がさっと自分から逸れるのを感じて、やれやれと思う。
自分もみづほも、少なくともこの支社内では、すっかり有名人になってしまった。彼女があの時に会社を辞めたのは、その意味では正解だったかと思う。自分一人ならまだしも、みづほも同じような視線に日々さらされるのだと考えると、とてもじゃないが申し訳なさ過ぎて言葉がない。いや、女性であるみづほには、周囲の目はもっと厳しくなっていたかもしれない。真面目で仕事のできる社員としてのイメージが強かっただけに。
……もうすぐまた、週末だ。
彼女にはまだ、転勤が半ば決まったことを話していない。
8月は文字通り、灼けるような暑さの日々だった。
今月になってそれが落ち着いてくれたようで、みづほは正直ほっとしている。なにぶんあまりに暑すぎて、子供を連れて外出するのはためらわれたのだ。
外遊びが好きな娘の凛は、たどたどしくも言葉を発するようになってからの癖で、出かけられない日はしきりにぐずった。かわいそうには思ったがどうしようもなく、ただただ、不機嫌が治まるまでなだめてやるしかなかった。
今日は気温が最高でも30度を超えない予報で、なおかつ曇り空。ようやく凛を、お気に入りの公園へ連れて行ってやれる。
「気をつけてね」