似非聖女呼ばわりされたので、スローライフ満喫しながら引き篭もります

その45

「兄上、どうしてこちらに?」

 不意を突かれたのはお互い様だが、先に反応したのはエフラムの方だった。
 対してヨシュアは軽く鼻を鳴らして睨んで見せただけで、弟の横を素通りして去るのみ。アイリーンは軽くエフラムに会釈してから、ヨシュアの後を追う。

「オリヴィアを迎えに来たのだけれど、何かあったのかな……?」

 中庭へ足を踏み入れたエフラムが、辺りを見渡す。

「オリヴィアは?」

 そろそろお茶会が終わる時間だと思い、オリヴィアを迎えに来たエフラムだったが、本人が見当たらない。困惑した令嬢達の空気からして、何か予期せぬ事態が起こったらしいと察する。

「エフラムお兄様っ」

 こちらへ来たマリエッタの瞳は潤み、堪えるような表情を浮かべている。説明は困難なのではないかと気遣う素振りを見せたイザベルが、代わりに口を開いた。

「先程何故かヨシュア殿下がこのお茶会へと現れたのですが、オリヴィア様に心無い言葉を言い放って傷付けてしまわれました。
 オリヴィア様はショックのあまり、エフラム殿下がいらっしゃる少し前にここを出て行かれて、どうやらすれ違いだったようですね」
「そんな事が……」

 一連の出来事を聞いて、エフラムの瞳に動揺の色が浮かぶ。

「ヨシュア殿下曰く、陛下が謹慎を解かれたのだと申しておりましたが、ならばせめてオリヴィア様がこの王宮へ足を運ばれる際には、顔を合わせないよう配慮は出来なかったのでしょうか?」

 イザベルの疑問に対し、即座に「ごめんなさい」とマリエッタは謝罪の言葉を口にする。

「お茶会の開催場所を普段とは違って離宮にしたのも、ヨシュアお兄様を近付けないためでした。まさか何処からか情報を得て、ここまで足を運ぶとは思わず……。皆様も本当にごめんなさい」

 夜会への立ち入りを禁止されているが、それ以外は自由に行動していると伺えるヨシュア。彼について、王や重鎮はどの様な考えなのか、マリエッタの知るところではないのだろう。

「わたくしはヨシュア殿下の言動は憤りを感じておりますが、オリヴィア様への振る舞いに関しての証人となれたのは幸いです」

 イザベルの言葉に令嬢達は頷き、賛同の意を表した。

「心無い言葉を言われてきっと傷付いていらっしゃるかと……。僭越ながらエフラム殿下、オリヴィア様の向かった場所に心当たりがおありなら、直ぐにお側に行って寄り添って頂ければと思います」
「すまない、すぐにオリヴィアを探しに行くよ」
「エフラムお兄様、オリヴィア様をよろしくお願い致します」

 確かにエフラムには心当たりがあった。足早に離宮を出ると、すぐにオリヴィアがいると思われる場所へと向かう事にした。


 ◇ ◇ ◇

 エフラムは離宮を出ると、庭園の奥にある薔薇園に足を踏み入れる。薔薇園の片隅にある四阿に、彼の探し求めている姿があった。
 確かにオリヴィア本人だが、普段とは僅かに様子が違う。
 纏っている空色のドレスはよく似合っているし、背中から生えている純白の天使の羽も相変わらずオリヴィアにぴったりで、今となっては特に驚く要素ではない。
 だが、陽の光に照らされてキラキラと煌めくプラチナブロンドの頭上に浮かぶ、天使の輪──これのお陰で更に天使感が増している。
 現在のオリヴィアの姿は、皆が想像する天使そのもの。

 天使が備え付けのベンチに腰掛けて物憂げに、薔薇園の一画を見つめていたが、しばらくするとエフラムに気付いて顔を上げた。

「エフラム様……」
「オリヴィア、ここにいたんだね。きっと薔薇園じゃないかと思ったけど、見つけられて良かった」
「え……」
「そろそろお茶会が終わる時間だと思って、離宮まで迎えに行ったんだけど、姿が無くて心配したよ」
「あっ」

 彼の言わんとしている事に気付き、自身の突発的な行動を恥じるように、オリヴィアは慌てて口元を手で覆った。

「ごめんなさいごめんなさい、兎に角あの時はヨシュア様の前から立ち去りたい一心で……私、考えなしでした……」
「謝らないで、僕がもう少し早く離宮に付いていれば……。むしろ謝罪しなくてはいけないのはこちらの方だ」

 胸に手を当てて謝罪するエフラムに、オリヴィアは狼狽する。

「そっ、そんな、エフラム様に頭を下げさせる訳にはまいりません!」

 確かに夜会にオリヴィアを誘ったのはエフラムだが、本日のお茶会に出たいと言ったのは、オリヴィア本人である。
 元々夜会が終われば湖の館へと帰る予定だったのを、お茶会の予定を入れる事により、実家への滞在期間も増やした程だ。
 全ての経緯を思い返しても、エフラムには非が見当たらないにも関わらず、気遣ってくれる彼の優しさでオリヴィアは胸がいっぱいだった。

「本当に皆さんはいつも私に優しくて……」

 王族に頭を下げさせるなんてと、本来ならとんでもない女だと誹られるに違いない。
「聖女」だからといった理由で、大目に見て貰いたいなどとは思えない。

「誰かに嫌われるのって、こんなにも悲しいのですね……。私、ヨシュア様に嫌われているって長い間気付かずにいました」
「兄上にそう言われたの?」

 問われてコクリと頷く。

「兄上に関しては本当に申し訳なかった。
 でも過去を思い返しても、兄上がオリヴィアを嫌いだったなんて思えないんだよね……。
 きっと今の兄上は誰かを悪者にしないと、自分を正当化出来なくなっているようなんだ」

 その対象がオリヴィアになってしまっているだけで、今日の発言は本心ではないとエフラムは考える。

「もう自分でさえ、本心が分からなくなっているのかもしれない。だからといって、オリヴィアを傷付けていい理由にはならないんだ」

 清廉な色が宿る彼の真摯な言葉に触れ、胸に渦巻いていた霧が少しずつ晴れていく気がした。

「そろそろ屋敷に戻ろうか?それとも薔薇園を一通り見てから帰る?ここに来るのも久々でしょ」
「そういえば、折角の庭園をちゃんと見れていませんでした」

 エフラムが手を差し出すと、オリヴィアはその手を取った。

 しばらく二人は手を繋いだまま、庭園を見て回った。
 結局オリヴィアから天使の羽と頭の輪っかが取れたのは、フローゼス家の屋敷に戻ってからだった。
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