似非聖女呼ばわりされたので、スローライフ満喫しながら引き篭もります
アイリーン③
自分に好意を示してくれる王子、ヨシュアには既に婚約者がいた。
相手はこの国の聖女様であり、二人の婚約は幼少期から決まっていたもので、王命である。
聖女と同じく治癒能力を持つ自分とは、根本的に何が違うのだろうか?ぼんやりと浮かんでいた疑問に拍車を掛けたのは、ヨシュアの「アイリーンこそ聖女」と繰り返し言われる言葉。
長年オリヴィアの婚約者だった筈のヨシュアが、そのように繰り返すのには、根拠があるのだろう。または彼の王族としての直感からだろうか。
この短期間で、自分のために全ての道筋が整えられてきた。今までは自分こそが聖女で、オリヴィアとの立場に成り代わりたいなど、産まれてから一度も願ったりなどしなかった。
しかし目まぐるしい程に変わる、状況と日常に麻痺していったのだろうか。
ヨシュアの言う通り『自分こそが真なる聖女で、第一王子の婚約者になるべき存在なのではないか』との考えが頭をよぎり始めた。
世界は自分中心に回っているのだから。
障害の多い身分差の恋という、物語ではありふれた状況も拍車を掛けていた。まるで物語のヒロインになった気分だった。
◇
ヨシュアと共に町へと赴いたあの日、二人のお気に入りの場所でもあった、噴水広場で起こった出来事。
怪我をしたという町の人の怪我を、善意で治しただけなのに──。
怪我をした人間が自分に斬りかかり、それをヨシュアが身を呈して守ってくれた。自分の代わりにヨシュアの手首が、切り落とされてしまう様をまざまざと目撃してしまう事となる。
間近で人の身体が切断される恐怖に竦み上がったが、身体が動いた途端命からがら逃げ出した。
混乱の最中でも、自分を聖女だと勘違いした何者かが命を狙っているのだと察しがつく。
そして後から聞かされた顛末も、アイリーンの思った通りだった。
聖女かもしれないというだけで、命を狙われる恐怖。
細々と辺境で生きていた自分が、他国に一体何をしたというのか。他国を害するかもしれない、聖女かもしれないというだけで、何故命を脅かされないといけないのか──。
自分を殺そうとする明確な殺意に晒されて、ふと遠い記憶が蘇る。
「同じ国に住んでいるというのに、毎日贅沢な生活を送りながら、お城に住んでいる人達がいるなんて信じられないわ」
平民なら誰もが持つであろう疑問を、幼き頃のアイリーンは、自身の父親へと尋ねてみた事があった。
聡明な父は幼いアイリーンにも、分かりやすく丁寧に話してくれた。
「その代わり政変があったらまず狙われ、有事の際はその身をもって争いを治める事も珍しくはない。
この国は聖女様のお陰で平和ではあるが、近隣では敗戦国の王族が、自分の命の代わりに国民の身の安全を保障させた事もあったんだよ。そして王子様や王女様が人質として、他国に渡るのも珍しくはない」
思いもよらなかった父の言葉に、瞬時には考えが纏まらず「王族も大変なのね」と返すのが精一杯だった。
今になって思い出す、あの頃は深く考えもしなかった父の言葉。
──真っ先に命を狙われるのは王族、そしてこの国では守り人である聖女。
他国からすれば、一番邪魔なのはきっと聖女。
これは頭の片隅には、ずっとあったのかもしれない。
しかし起こるかどうか分からない、不確かな未来よりも、現実を楽しむ事ばかり考えていた。
分布不相応な欲を持ってしまったからいけなかったのか。ならば私服を肥やす事しか頭にない貴族達は、何故罰を受けないのか。
何故自分だけ、人生で初めて欲をかいた途端にこのような目に合わなければいけないのか。
(このまま聖女が、わたしだと勘違いされたまま殺されるの?本来ならオリヴィア様を狙った襲撃だったのに、聖女の身代わりとして死んで終わる、それが自分の運命だというの……!?)
理不尽極まりない現実を呪うしかない。
すんでの差で助かったアイリーンは、恐怖の事件以誰とも会いたがらず、部屋から出てこれなくなっていた。
相手はこの国の聖女様であり、二人の婚約は幼少期から決まっていたもので、王命である。
聖女と同じく治癒能力を持つ自分とは、根本的に何が違うのだろうか?ぼんやりと浮かんでいた疑問に拍車を掛けたのは、ヨシュアの「アイリーンこそ聖女」と繰り返し言われる言葉。
長年オリヴィアの婚約者だった筈のヨシュアが、そのように繰り返すのには、根拠があるのだろう。または彼の王族としての直感からだろうか。
この短期間で、自分のために全ての道筋が整えられてきた。今までは自分こそが聖女で、オリヴィアとの立場に成り代わりたいなど、産まれてから一度も願ったりなどしなかった。
しかし目まぐるしい程に変わる、状況と日常に麻痺していったのだろうか。
ヨシュアの言う通り『自分こそが真なる聖女で、第一王子の婚約者になるべき存在なのではないか』との考えが頭をよぎり始めた。
世界は自分中心に回っているのだから。
障害の多い身分差の恋という、物語ではありふれた状況も拍車を掛けていた。まるで物語のヒロインになった気分だった。
◇
ヨシュアと共に町へと赴いたあの日、二人のお気に入りの場所でもあった、噴水広場で起こった出来事。
怪我をしたという町の人の怪我を、善意で治しただけなのに──。
怪我をした人間が自分に斬りかかり、それをヨシュアが身を呈して守ってくれた。自分の代わりにヨシュアの手首が、切り落とされてしまう様をまざまざと目撃してしまう事となる。
間近で人の身体が切断される恐怖に竦み上がったが、身体が動いた途端命からがら逃げ出した。
混乱の最中でも、自分を聖女だと勘違いした何者かが命を狙っているのだと察しがつく。
そして後から聞かされた顛末も、アイリーンの思った通りだった。
聖女かもしれないというだけで、命を狙われる恐怖。
細々と辺境で生きていた自分が、他国に一体何をしたというのか。他国を害するかもしれない、聖女かもしれないというだけで、何故命を脅かされないといけないのか──。
自分を殺そうとする明確な殺意に晒されて、ふと遠い記憶が蘇る。
「同じ国に住んでいるというのに、毎日贅沢な生活を送りながら、お城に住んでいる人達がいるなんて信じられないわ」
平民なら誰もが持つであろう疑問を、幼き頃のアイリーンは、自身の父親へと尋ねてみた事があった。
聡明な父は幼いアイリーンにも、分かりやすく丁寧に話してくれた。
「その代わり政変があったらまず狙われ、有事の際はその身をもって争いを治める事も珍しくはない。
この国は聖女様のお陰で平和ではあるが、近隣では敗戦国の王族が、自分の命の代わりに国民の身の安全を保障させた事もあったんだよ。そして王子様や王女様が人質として、他国に渡るのも珍しくはない」
思いもよらなかった父の言葉に、瞬時には考えが纏まらず「王族も大変なのね」と返すのが精一杯だった。
今になって思い出す、あの頃は深く考えもしなかった父の言葉。
──真っ先に命を狙われるのは王族、そしてこの国では守り人である聖女。
他国からすれば、一番邪魔なのはきっと聖女。
これは頭の片隅には、ずっとあったのかもしれない。
しかし起こるかどうか分からない、不確かな未来よりも、現実を楽しむ事ばかり考えていた。
分布不相応な欲を持ってしまったからいけなかったのか。ならば私服を肥やす事しか頭にない貴族達は、何故罰を受けないのか。
何故自分だけ、人生で初めて欲をかいた途端にこのような目に合わなければいけないのか。
(このまま聖女が、わたしだと勘違いされたまま殺されるの?本来ならオリヴィア様を狙った襲撃だったのに、聖女の身代わりとして死んで終わる、それが自分の運命だというの……!?)
理不尽極まりない現実を呪うしかない。
すんでの差で助かったアイリーンは、恐怖の事件以誰とも会いたがらず、部屋から出てこれなくなっていた。