契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
我々は仮面夫婦だ
すべての始まりはさかのぼること七カ月前、年が明けたばかりの一月四日のことだった。
 
その日、楓は帰省先の田舎からひとり暮らしをしている東京に戻ったばかりで、とにかく疲れていた。

理由は、両親や親戚と久しぶりに顔を合わせたからである。
 
むしゃくしゃする気持ちを抱えたまま、ひとりで住む会社の寮へ帰る気にもなれず、雪がちらつく街をスーツケース片手にやみくもに歩く。

目についた裏通りのBARへ足を踏み入れた。
 
BARに入るなんて、はじめてのことだ。普段は節約生活だし、アルコールが好きだというわけでもない。

マスターに促されて座ったカウンター席でとりあえずメニューの中から耳にしたことがあるカシスオレンジを注文する。
出てきてすぐに、ごくごく飲んでため息をついた。
 
楓が育った須之内家は、ある地方都市から在来線を乗り継いで一時間の田んぼが広がる町にある。

最近では幹線道路沿いにチェーン店が進出して便利なってきたと皆言うが、そこに住む人たちの価値観は、楓が生まれた時とまったく変わっていなかった。
 
十二月二十八日が仕事納めで、二十九日は寮の掃除をした。

三十日に実家に帰るため新幹線に乗り日が暮れるころに辿り着いた楓を待ち受けていたのは、須之内家が正月を迎えるにあたっての準備だった。
 
楓の実家は町内に点在する須之内家の本家で、三が日は親戚たちが入れ替わり立ち替わり挨拶に来る。

そのまま宴会になるから、料理の仕込みから掃除とやることは際限なくあるのだ。

準備をするのは母と楓のふたりだけ。父と弟の透は、リビングで酒を飲んでいた。
 
年が明けると、状況はもっと過酷になる。
 
ぞくぞく訪れる親戚のうち、男性陣は、襖を取り払った二間続きの広い和室で飲み食いをする。

皆、お茶ひとつ飲むためにも自分では動かない。
 
楓は、母と叔母や従姉妹たちとともに、小間使いのように料理を運び、ひたすら皿洗いをするのだ。
 
それだけならまだいい。それ自体は生まれた時から見慣れている光景で今さらどうとは思わない。

それよりも楓を苛立たせたのは親戚たちの言動だ。

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