契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
「きゃっ……!」と、声をあげる楓の腰に腕を回し、もう一方の手で顎を掴んだ。

「ほら、妻になった気持ちで言ってみろ。楓?」
 
唐突にスパイシーな彼の香りに包まれて楓の鼓動がどくんと跳ねる。頬がカァッと熱くなった。
 
頭の中はプチパニック状態だ。
 
男性をこんなに近くに感じることも、下の名前を呼ばれることも、なにもかもがはじめてだ。当然言われた通りになんてできるはずがなかった。

「あ、あの……。でも……その」
 
動揺してもごもごと言うのが精一杯。
 
和樹が笑みを浮かべて、からかうような言葉を口にした。

「なんだ? このくらいで真っ赤になって。鉄の女はいつも冷静なんじゃないのか?」
 
いきなり触れておきながらそんなことを言う彼にムッとして、楓は反射的に口を開く。

「わ、私にこういう経験がないのは、副社長もご存じでしょう? そういう、今どうしようもないことを言うなんて、ひ、ひどいと思います……」
 
言うだけ言って、顎の手から逃れるようにプイッと横を向く。

でもいつもの勢いは出なかった。当然言い返されるものと思ったが、意外にも答えはない。

頬を膨らませたままチラリと見ると、彼は顎に添えていた手をそのままに目を開いて固まっている。

「副社長……?」
 
首を傾げて尋ねると、彼はどこかわざとらしく咳払いをして、気を取り直したように真面目な表情に戻る。そっと腕を外して楓を解放する。

「いや……。だが、名前で呼ぶ必要があるのは事実だ。わかるな?」
 
楓はホッと息を吐いて、ドキドキする胸を持て余したまま考えた。

「それは……まぁ……はい」

「やってみろ」
 
和樹が腕を組み再び命令をする。首を傾げて、楓が従うのを待っている。
 
楓は深呼吸を二回してから、意を決して口を開いた。

「か、かず……か、和樹さん……」
 
言い終えて、サッとうつむき息を吐く。心臓がばくばく鳴っていた。ただこれだけのことでこんなにもドキドキするなんて、情けないのひと言だ。

仕事ならどんなに大きな案件に直面した時も冷静でいられるのに。
 
それにしても。
 
ただ名前を呼ぶだけで、こんなにドキドキするなんて、世の恋人たちの心臓はいったいどうなっているのだろう? 
 
しかもこんなに頑張ったのに、お世辞にもうまく言えたとは思えない。きっとダメ出しをされて、やり直しをさせられる。楓はため息をついて覚悟した。

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