契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
……でもいつまでたっても、彼はなにも言わなかった。

不思議に思って顔を上げると手で口元を覆い横を向いている。

「あの……?」
 
問いかけると、彼は気まずそうに咳払いをして、口を開いた。

「まぁ……合格だ」
 
その言葉に、楓は意外な気持ちになる。昨日彼から『指導する』と聞いた時は、きっと厳しい指導だと恐れる気持ちが大きかった。でもヘアカットとメイクの件も含めて考えると彼の基準は、思っていたよりも厳しくないようだ。

これならば、もしかしたらやれるかもしれない。

「だが、一回呼べただけではダメだ。自然に呼べるように慣れるんだ。上の部屋に外商を呼んである。今から行って買い物をするわけだが、そこで夫婦のように振る舞うんだ。百貨店のスタッフはプロだから顧客の情報を漏らすことはないが、まぁ練習だな」
 
その言葉に楓は素直に頷いた。今朝まではとてもできないと思っていたけれど、彼から二回合格をもらって少し自信がついたのだろう。

そもそも、まったくやってもみないで諦めるなんて、本来は楓の性に合わない。どんな困難も努力で乗り越えてきたのだから。
 
とにもかくにもやってみよう。そう心に決めて楓は彼を見る。
「わかりました、やってみます。……か、和樹さん」
 
あえてもう一度、彼の名前を口にする。やっぱりドキドキするけれど、今彼が言った通り、慣れる必要があるからだ。
 
一方の和樹は、突然楓がやる気を見せたことに驚いたのか、瞬きをして意外そうに楓を見ている。

すぐに返事をすることなく、くるりとこちらに背を向けた。
 
咳払いをして「行くぞ」と、やや掠れた声で言ってから、出口に向かって歩きだした。

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