わたしは殺され、あなたを殺す
神国の底辺令嬢
卒業式が終わっても在学生には終業式まであと数日残っていたが、片手で数えられるほどの日数なこともあり、セレニカはそのまま登校することをやめた。
やめたと言うよりは、登校出来なかったと言う方が正しい。
――あの日どうやって帰宅したか、覚えていない。
卒業式で気が遠くなったのが、自覚ある最後の記憶だった。
信じていたものが偽りだった衝撃のためかぼんやりした状態が続き、頭の中が白や黒が明滅するような感覚に気持ちが悪くなって、出すものもそうはないというのに何度か嘔吐した。
父親は心配して寄り添ったものの、セレニカには頭を、気持ちを、整理する時間が必要だった。
何が夢で何が現か、働かない思考回路では惑うばかりだったが、幸いなことに時間はたっぷりとあった。
冬の長いこの国では、卒業および学年の終わりは一年の終わりと等しく、新学期までは春を待つべく長い。
毎日食事をし、眠り、ただただ日々を暮らす中でセレニカはゆっくりと自分を取り戻した。
そしてその時には恋人に向けていた想いは消え失せていた。
「……忘れるんだ」
父親は娘から一連の話を聞き、苦しげに顔を歪めながらも静かに首を振った。
「忘れてしまうんだ、セレニカ。つらいだろうけど、納得いかないだろうけど、」
すべて忘れるようにと。それがお前のためなのだと。妻の忘れ形見である娘までもを失うわけにはいかないと。
セレニカの肩を抱く父親の手は震えていた。痛いほどに込められた力が、父親の苦しみを訴える。
「……お前まで……母さんみたいになったらと思うと……」
青白い顔で言葉を詰まらせる父親は、この国の理不尽さを、残酷さを、目の当たりにしてきていた。
亡き妻はその犠牲になったのだと、つぶやくような声で口にした。
そうして父親、ダルスによって語られた母親の最期、そこにはセレニカにとっては記憶にない事実があった。