エリート御曹司はママになった初恋妻に最愛を注ぎ続ける

 いいえ、と喉元まで出かかったけれど、なぜか声にならなかった。

 好きな人なんていない。ちょっと前までなら断言できていたのに、今の私の胸の中には、気になる人がいる。

 サウナにいてもショッピングをしていても、今日一日、ずっとその人のことばかり考えていた。

 これが恋と呼べる感情なのかわからないけれど、こんなに誰かひとりの存在に心をかき乱される経験は初めてだ。

「好きな人は……」

 でも、言えるわけがない。瑛貴さんの言葉が本気だとは到底思えないし、本気だったとしても、彼と私じゃ釣り合うわけがない。

 相手が誰であってもままごとに誘えた、子どもの頃とは違うのだ。

 沈黙が続く中、次の料理とワインが運ばれてくる。肉厚で色鮮やかな鱒のソテーを前に瑛貴さんが口を開いた。

「きみばかり質問攻めにするんじゃ悪いから、俺の話をするけど……俺があのキッチンを欲しがったのは、初恋の思い出が詰まっているからだ」
「え……?」

 瑛貴さんの初恋。その思い出があのキッチンに詰まっているということは、相手はもしかして……。

 期待しちゃダメだと思うのに、心臓が暴れる。

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