生まれ変わりの聖女は子供でも最強です!〜死にたがりの元婚約者を立ち直らせたらまた恋が始まりました〜

49.魔王襲来

 王城の外に出ると、辺りは騒然としていた。

「城を避難場所として解放している。多くの人がここに押しよせるだろうから、馬で行こう」

 ルーカスはそう言うと、手配された馬に私を乗せて走り出した。ユーグとイスランも守るようにして並走した。

 結界までの道の途中、多くの人が城に向かっていく姿が見えた。騎士たちが誘導をしていたため、酷い混乱にはならず、私たちも結界まで真っ直ぐに馬を走らせることが出来た。

「結界の揺らぎがあれば、私が感じ取れるはずなのに……」

 馬上でそう呟いた私に、トロワが難しい顔で言った。

「あの聖女がリヴィアの結界の上に重ねがけしたことで、邪魔をされていた可能性があるな」
「そんな……!」

 あんなに強固だった結界が急に綻ぶなんて、信じられなかった。だからこそ、明日視察に行こうと余裕に構えていたのだから。

「嫌な予感がする……」
「あいつか……?」

 身震いをした私に、トロワは私の肩の上でそっと手を頬に置いた。

 そのモフモフの手を握りしめて、心を落ち着かせる。

 十年前に対峙した魔王。

「あのときは、『魔の国』に押し戻すだけが精一杯だったけど…」

 思わずトロワの手を握りしめる手に力が入る。

「今度は俺もルーカスもいるから大丈夫だ」

 もう片方の手も私の頬に置き、挟み込んだトロワは、私に言い聞かせるように言った。

 うん。そうだよ、私は一人じゃないんだから!

「ありがとう、トロワ」

 まだ震える身体を落ち着かせるように、息を吐いた私は、トロワに微笑んでみせた。

 後ろのルーカスは、私たちの会話なんてわからない。でも、手綱を持っていた片方の手を私に回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 彼は何も言わないけど、ルーカスの温もりに、私の身体の震えも治まっていく。

 回された腕を抱き締め、私はしばらく後ろのルーカスに体重を預けて目を閉じた。

「何だ、あれは?!」

 結界のある広場近くまで来ると、それ(・・)はすぐに目に入った。

「魔王!!」

 そのおぞましい黒い手に、十年ぶりの邂逅に、私は思わず叫んだ。

「魔王……? あれが?」

 その姿を初めて見たルーカスたちは息を飲む。

 と言っても、全貌が見える訳ではない。十年前と同じ、どす黒い手で結界をこじ開けようとし、赤い目を覗かせていた。
 
 肩の上にいたトロワは、光を放ち、ライオンの姿に戻った。戦闘態勢だ。

 トロワの変化にユーグは驚き、イスランは納得した顔をしていたが、今はそれどころじゃない。

 結界を破壊しようとするその手のわずかな綻びからは、魔物が少しずつ湧いていた。

 まだ小さい魔物で済んでいるが、この穴が大きくなれば、比例して大きな魔物もやってくる。そして、結界が壊れれば魔王そのものがこちらにやって来る。

「リリア、魔王を倒そう!」
「でも、あの隙間からだと難しいわ!」

 トロワの呼びかけに、私は難色を示した。

 十年前も、こじ開けようとする隙間から何とか押し込めて、瞬時に結界を張った。

「結界越しに魔王に攻撃は出来ない……結界を壊すことも出来ない……」

 どうしよう、と思っていると、ルーカスが間に入った。

「リリア、私はトロワの案に賛成だ」
「えっ」

 ちょっと待って、今何て言った?

「ルーカス、トロワの言葉がわかるの……?」

 それどころではないのに、私は驚いてルーカスに尋ねた。

「ライオン姿になった途端、急に言葉を理解出来るようになった」
「前はわからなかったのに、何で突然……?」

 私とルーカスが首を傾けていると、トロワが間に入ってきた。

「俺が元に戻った条件を考えると、二人の絆が深まったことに関係すると思うぞ」
「そうなの……」

 トロワの説明に驚いていたのに、正面のルーカスはニコニコとしていた。

「ルーカス、トロワの言葉がわかってそんなに嬉しいの?」
「そこじゃない。君との絆が形で示されたのが嬉しいんだ」

 ふわりと微笑んだルーカスは、私の手を握りしめた。

「二人とも!! キリが無いですよー! どうするんですか?!」

 前に出てイスランとユーグが隙間から出てくる魔物を倒している。

 こんな甘い雰囲気作っている場合じゃなかった!

「リリア、大丈夫だ」

 私が慌てていると、ルーカスは自信たっぷりに言った。

「ドラゴンを一緒に倒した時のことを覚えているか?」
「あのときはルーカス、死にたがってたよね」
「……私のカッコ悪い所は忘れてくれ」

 フォークス領で再会した時、ルーカスは変わり果てていた。

 悲しいと思ったのと同時に、ルーカスを立ち直らせてやる、って思ったっけ。

「私は、ルーカスが幸せなら隣にいられなくても良いって思ってたよ」
「……そんなことを思っていたのか」

 私の言葉にルーカスは切ない表情を見せた。そして、私の手を握りしめた。

 私たちは手を繋ぎ、魔王を見据えた。

「もう離れることは許さない」
「うん」
「ずっと隣にいてくれ、リリア」
「うん!」

 お互い、前を向いたまま、私はルーカスの言葉に強く、強く、返した。
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