敏腕外科医はかりそめ婚約者をこの手で愛し娶る~お前は誰にも渡さない~
出航すれば逃げられないクルーズ船をお見合い会場に選んだのは、祖母なりの予防線だろう。
孫とのデートの割に気合が入っているなと感心していたが、呉服店に勤めていた祖母が久しぶりに着物を着たのはこのためだったのかとようやく腑に落ちた。
心配して新しい出会いを企てたのはわかる。でも、いきなりお見合いはない。
なにしろ七緒が経験したのは、ひどい振られ方だった。ほとんどの人が経験せずに済むような、稀に見る酷な失恋。二度と恋なんかしない、結婚もしないと固く誓った決意は、お見合いとは真逆の方向だ。
かと言って、いつも七緒を気にかけてくれる優しい祖母を邪見にはできない。いったん冷静になろうと、相手が待っているらしき個室のドアの前で『トイレに行ってくる』と言い置き、七緒はデッキにやって来た。
船がどんどん陸地から離れていく。
(はぁ……本当にどうしよう。ここじゃどこにも逃げられないよ)
日差しの割に冷たい風がせっかくきれいにまとめたハーフアップの髪をさかんに乱すが、なおす気にもなれない。
全長一五〇メートルある真っ白な船体が、レインボーブリッジに向かってゆっくり航行していく。太陽はまだ沈んでいないが、夜なら街の綺麗な夜景を海から臨めそうだ。