敏腕外科医はかりそめ婚約者をこの手で愛し娶る~お前は誰にも渡さない~
知的な目元に疑惑を滲ませ、彼の形のいい唇が不機嫌そうに開く。
「なに」
「ここから飛び降りてどうするつもりですか! 自殺なんてダメです!」
そんな場面に遭遇するとは、七緒の運気は失恋が底ではないらしい。今よりさらに下降するのなら、一度お祓いをしたほうがいいような気がする。
懸命に男の手を掴み、ぐいぐい強く引っ張った。
「ちょっと待て、なんの真似だ!?」
命の危機に晒されている人を見過ごせば、それこそ本当に神様に見放されてしまう。
(この人が飛び込むのは絶対に阻止しなくちゃ……!)
火事場の馬鹿力が発揮されたのか、七緒のがんばりに男性は手すりから下りずにはいられなくなる。しかしそこまではよかったが――。
「きゃっ」
勢い余ってふたり揃って甲板に尻もちをついた。鈍い痛みがお尻から腰にかけて走る。