わたしのかわいいだんなさま
どうやらアルヴィンが執務長のボーダリーに連行されたらしく、部屋の外がだいぶ静かになったようだ。
「……カリン、あなたねえ」
アルヴィンと結婚の儀を済ませて三か月、正直朝から晩までいちゃいちゃして可愛がりたいのはメリズローサも彼と同意見だった。
それなのに、白の離宮を出てからというもの、昼間のアルヴィンは執務だの公務だので中々思うように会うことが出来ない。
だからこそ、ようやくタイミングを見つけての逢瀬だというのに、きっちり邪魔をしてくれて、なんとか一言いってやらないと気が済まないと、口を開いたタイミングでずぼんっと中に何かを突っ込まれた。
「お嬢様、まずは一口どうぞ」
ここに侍女長がいたら間違いなく引っぱたかれるような行為をさらっとするカリン。王太子妃に毒味も無しで物を食べさせるとかありえないわと思いつつも、ついいつもの癖でもぐもぐと咀嚼してしまうメリズローサも大概だ。
「あら、チョコレートね」
しっかりとした甘みに、ほろ苦さの加わった、とても上品なチョコレートの味が口の中に広がっていった。
「はい。チョコレートなんです」
ドンっと目の前に出された箱に書いてある文字は、カリンお気に入りのガチュールではなく全く見たことのない店名のものだった。
「ル・ボリー? 初めて聞くわね。ガチュールじゃないの?」
「あ、ガチュールは店主が店員の若いお姉ちゃんと浮気して駆け落ちしたんで去年潰れたらしいっすよ」
その後の転落ストーリー、教えましょうか? とチョコレートをぼりぼり食べながら聞いてきたが、勘弁してほしいと思うメリズローサ。
恐るべし女神ハンナサクーニャの祝福。
「……えーと、それでなんで急にチョコレートなの?」
「ああ、やっぱり知らなかったんですね、お嬢様は」
「は?」
「実はですね……」
どうもメリズローサたちが白の離宮に籠もっている間に、遠い東方の国から伝わったという”チョコレートを添えて女性から好きな人に告白するというイベント”が、ここ数年で爆発的に流行りだしたらしい。
女神ハンナサクーニャ的にそれはどうなの? という感じだが、結婚とは切り離してもいいじゃないという進歩的な女性たちにも大うけだそうだ。
「知らない間に随分と変わったものが流行りだしたのね」
16年ってやっぱり長いわとしみじみ感じいっていると、カリンはあっさりと言い放つ。
「いいんじゃないんですか?別に恋人に限らなくったって」
好きな人なら旦那様にあげたって、いいと思いますよ。
そう、ニヤつきながらメリズローサを見た。
(なる程、カリンはこれが言いたかったのね)
「バレンタインって言うんですってよ、そのイベント。それで、その日がなんと、明日の2月14日だそうです」
「あら、本当にもうすぐじゃないの」
「そうなんですよー。だからね、お嬢様。明日一緒にチョコレート買いに行きましょうよー、殿下に内緒で!」