わたしのかわいいだんなさま
「寒いっす!」
「我慢しなさいよ、ピンクチョコレートの為でしょう?」
ベッドで自分に巻き付いてくるアルヴィンを頑張って騙して、朝早い時間から並んでいるというのに、メリズローサたちの順番はかなり後ろの方らしい。店の入り口は遠く見えない。
流石はバレンタイン当日だ。今日を逃しては、という気持ちが溢れ出て、並んでいる皆の瞳が怖いくらいにランランと輝いている。
「なんでっ、馬車でっ、こなかったんですかっ、ぶぇっくしっ!」
「ちゃんと来たでしょう。少し遠くで降りただけじゃない」
「店の目の前で降りなきゃ意味ないじゃないですか。それとも今から私が手を引いて行きましょうか? 王太子妃のおなーげふっ、ぶっ!」
「おほほほほ。やかましくして、ごめんなさいね」
周りに謝りながら、カリンの口を塞ぐ。そうして、耳を引っ張ってこっそりと囁いた。
「ちょっと、そんな大げさにしたらバレるじゃないの。せっかく変装してきたのに」
「ふこご、べんごぶぶるごごぼびんばばびべぼー」
「静かにしなさい! アルヴィン殿下を驚かすためなんだからいいの。それよりカリンこそ恋人にあげるんでしょう? あら、でも今さら愛を育まなくてもいいんじゃないの?」
「いつの話をしてるんですか、私はもう新しい愛に生きてるんです」
(……あら? たった二月前の話だったと思ったのだけれど違ったのかしら)
「彼ねえ西の国境近くに赴任しちゃったんですよねー。一緒に付いていこうかとも思ったんですけど……」
珍しくしみじみとした、奥歯に物が挟まったような言い方だ。もしやこれは、メリズローサを選んで残ってくれたのだろうか? メリズローサはなんだか胸の奥からじわりと温かいものが溢れ出そうになってきた。
「頼むから付いてきてくれるなって土下座して断られちゃったんですよ。アハーハ」
――溢れ出なかった。
「そんな訳で、今の狙いは執務室のビーバリオ様です。絶対に落としますから協力お願いしますね、お嬢様」
(未来の執務長って噂されてる彼かー……。あんまり優秀すぎる人材が潰されてもアレなのよねえ)
どうしようかなとメリズローサが考えているところに、開店の合図がかかったらしい。
どっと、凄い勢いで列が動き出した。女の集団がスカートを持ち上げて走り出すのは中々見ごたえがある。あっという間に大きなガラス張りの店の入り口までたどり着いたのだが、人人人の山だ。絶壁の岩だ。
「ちょっと、これ無理よ。入れないわ、カリン」
メリズローサがカリンに声をかければ、彼女はもうとっくにその岩に張り付いていた。
「私がー、お嬢様のー、分までー、頑張ってきますねーっ!」
本能のまま動くカリンだが、一応はメリズローサのことも気にかけているらしい。
ならばまかせたと、メリズローサは店の入り口から一歩離れたところで待つことにしたが、店には次から次へと人が集まりだし、彼女をどんどんと隅に追いやる。
ついにはドンっと、誰かの大きなお尻に弾き飛ばされ、思わずひっくり返りそうになった。
(あ、ダメ……)
そう思ったところで、ふわりと体が浮いたのが分かった。