わたしのかわいいだんなさま
「殿下っ、殿下アールヴィン殿下アルヴィン殿下っ!」
「うるさいっ!一回言えばわかる。何度も呼ばれると自分の名前がわからなくなるわっ!」
「いやいやいや、なんなのですか、今日のあの麗しのご令嬢は!?」
ビーバリオの言っているご令嬢とは、勿論メリズローサのことだ。
今日の今日まで、白の離宮には完全無欠の侍女長と口の堅いと評判の古参侍女数名しか帯同したことはなかったから、若い侍女たちの話題にも上らなかったのだろう。王宮住まいのビーバリオでも知らなくても無理はない。
今日も夕方までメリズローサと過ごしたアルヴィンは、ご機嫌で王宮へ帰ってきた。そうして明日の予定のチェックをしていたところで約束の時間となり、ビーバリオが勢いつけてアルヴィンの自室へと飛び込んできてからの、このセリフだ。
「メリズローサのことか。プライルサン侯爵家の娘だ。そう聞いた」
「あの、頭皮がだいぶヤバい? プライルサン侯爵の!?」
いや、それは関係ないな。そう突っ込みを入れたかったがアルヴィンは黙っておいた。
プライルサン侯爵の頭頂部がなかなか危ない状態なのは間違ってない。
しかしそれ以上にビーバリオのテンションもかなりヤバい。
もう少し冷静なタイプではなかっただろうかと、アルヴィンが考えていると、更にハイテンションで語り始めた。
「いやー、本当に美人です。目の保養になりました。特にアレですね、あの、盛り上がり方がもう……」
一人にやにやしながら胸のあたりに両手で山を作る。確かに客観的に見てもメリズローサの胸は大きい方だろう。今は昔の思い出だが、触り心地も良かったはずだ。
けれども他の者にそう言われるとなんとなくイラッとして激しくムカついた。
だからアルヴィンは、いまだに胸元に両手を置いてぼーっとするビーバリオの足の脛を思いっきり蹴飛ばした。
「痛っ!た……何をするのですか、殿下!?」
「やかましい。何のためにお前を連れて行ったと思ってるんだ?で、どう感じた、メリーのことは」
「素晴らしいです!」
胸に置いた手がいっそう膨らんでみせたのに、更に腹を立てたアルヴィンが、もう一度大きく蹴り上げる。
「っだー!」
「それ以外だ!他には!?」
蹴られた右足を抱えながら、片足でぴょんぴょんと跳ね上がるビーバリオは、酷いですよ殿下と訴えるが、仁王立ちで見据えるアルヴィンは全く意に介さない。
少しだけ口をすぼめながら、なんとかビーバリオは言葉を探して答えることができた。
「他に、っと言われましても、メリズローサ様には全くおかしなご様子は見受けられませんよ。……侍女の方は、まあ少し奇妙かなって思いましたけれど」
「……そうか。おかしくは見えないか」
メリズローサをおかしくないと言われてホッとした。けれども、アルヴィンが疑問に思ったのは、彼女が年を取らないことだということを失念している。
そもそもそれは一日会っただけのビーバリオにわかるはずがないのだ。
「ただ……殿下が白の離宮に入っていかれてから、私も後を追うために時間を置いてこっそりと入り込もうとしましたが何度挑戦してもダメでした。同じ場所にしか出られないのです。昼餐を運んできた侍女長に見つかりそうになったので慌てて逃げましたけど、あそこは何かが変ですよ」