わたしのかわいいだんなさま
 メリズローサが祝福宣告を告げられて直ぐ、王宮より使者がやってきた。
 そしてそれから10日後には、王宮内の一番奥深い所に構えられている白の離宮と呼ばれる離れに、カリンと二人で押し込められたのだ。

「ちょっぱやでしたね。王室ヤバいです。恋人と別れを惜しむ時間もありませんでした」
「いえいえ、カリン。あなた今まで一度も恋人なんていたことないわよね」

 こうみえて、カリンにも女神ハンナサクーニャの祝福を受けたことがあった。しかし同じ年の婚約者は、3歳の時に病気で亡くなっている。
 まれにこういったことがあるが、そういった場合でも祝福は適用されるので、残された方はみな、恋人はいても結婚はできず仕事に生きるのが通例だった。

「舐めてもらっては困りますよ。こうみえても、心の恋人の一人や二人くらいいますって」

(心の恋人かっ!)

 いちいち突っ込んでたらカリンの思う壺だ。さり気なく無視をしてメリズローサは用意されたお茶を一口飲む。

「でも確かに、こんなに早く王宮へ入らなくてもいいと思うのだけれど」
「王太子殿下のお嫁さんに何かあったら大変だからでしょうね。主に怪我とか病気とか、悪い虫とか、エロい虫とか、ゲスい虫とか、とにかくいらない虫ですわ」

 この国では自由恋愛は推奨されないが、別に恋愛が禁止されている訳ではない。ただ、恋愛から結婚に至る道筋が閉ざされているだけ。
 だから祝福済みでも上手に遊ぼうと思えば遊べると、恋愛と結婚をきれいに住み分けして楽しんでいる人たちもそれなりの数がいるのも確かだ。

「あら、私は結婚相手以外には馴れ馴れしくなどしないわよ」

 メリズローサの侯爵令嬢としての矜持は高い。
 とはいえ王太子殿下サイドも不安なのだろう。万が一メリズローサに変な虫がついてしまったらシャレにならない。メリズローサの不幸は王太子殿下の不幸、ひいては王国の不幸にもなりえるのだ。
 それならば仕方がないと納得し、先ほどカリンに渡された本をぺらりと捲った。

「いかがですか? 私が厳選したお嬢様用の恋愛指南書です」

「ごめんなさい。私にはどうみてもこれは育児書にしかみえないわ」

 オムツの替え方とか、ミルクの後のゲップのさせ方などが書かれている恋愛指南書とはいかに?
 そんなものがあるなら逆に見てみたい。

「何言ってるんですか、お嬢様! 王太子殿下はまだ生後1ヶ月にも満たない乳児なんですよ。まずは完璧で丁寧なお世話をしてさしあげ、愛を育んでいくんですからね。これは立派な恋愛指南書です」

 また、妙に正論なのがムカつく。特にカリンこの、ドヤァな顔が。
 絶対に遊ばれてるのはわかっているが、メリズローサにはこの本が必要なのも確かだ。何せ、今日から毎日2時間から半日ほど、この白の離宮でアルヴィン王太子のお世話をしなければいけない。

 この婚約期間という名の育児を1年間。つまり360日過ごした後に、めでたく結婚の儀式となるらしい。

(……王室、ヤバい)

 カリンのように口にはしないが、メリズローサですらそう思わずにはいられなかった。

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