わたしのかわいいだんなさま
「もうしたくない!」
もうすぐこの離宮へ来て8ヶ月になろうというある日、白の離宮の門扉まで殿下を迎えに行き、いつもの通りにキスをと、しようとしたところで拒否されてしまった。
「で、殿下?」
「もう、……キスなんてしたくないっ!」
そう叫んで、脱兎のごとく逃げて行く。もう立派に少年と呼んでも差し支えないほど大きくなったアルヴィンの足は速い。
金色に輝くその髪を見送り、メリズローサは、とうとうその日が来てしまったのかと呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
「うっ……う、う、うっ……殿下ぁ……」
「ちょと、お嬢様。何枚ハンカチ汚すんですかぁ。もう」
「だって、殿下に……殿下に拒否っ、ひっぐ、……うわぁああん」
なんとなく前触れはあったのだ。ここ数日、キスしようとすると顔をそむけがちにするアルヴィンの表情を思い出す。
「あの、まだまだ可愛らしいお顔がっ、美しく流れるような眉をしかめてっ、苦しそうに大きな目元にぎゅっと力いれてっ、息苦しそうに息とめてっ、う……白い肌を真っ赤に染めて……嫌がってたんだものっ!」
「え、惚気てんですか?」
拒否られたと言ってるのに、カリンは何バカなことを言ってるのだろうと思いつつ、あまりのショックにメリズローサはその日1日を泣いて過ごし、腫れ上がった目をみせたくないと、次の日は離宮内に籠ってしまった。
「世界の終わりみたいな顔してましたよ。ドラゲナイ殿下」
「嘘よ。私は嫌われたんだから。……って、アルヴィン殿下よ! なによ、ドラゲナイって!?」
離宮に来て初めて殿下との逢瀬を断り、カリンにその旨を伝えてもらいにいった。帰ってきたカリンは、貰ってきただろうお菓子をぼりぼり食べながら、アルヴィンの様子をメリズローサに伝える。
「思春期特有のアレですよ。あんま気にしなくていいですから。明日はちゃんと行きましょうね、殿下待ってますよ」
「やだ。待ってないもん」
ぷうっと頬を膨らませてそっぽを向くメリズローサ。
やばっ、こっちのほうが遅れてきた反抗期だわ。と、カリンに呟かれた。