狂愛メランコリー

「菜乃、僕は……」

 不安そうな表情を浮かべる理人。

 私は黙って言葉の続きを待った。

 ループのこと、私を殺すこと、あるいは“前回”の結末────彼が何を言おうとしているのか分からなかった。

「……ごめん、何でもない」

「そっか」

 まだ、時間はある。焦らなくていい。

 理人に話を聞く機会は再び訪れるはず。

 私は大人しく引き下がり、彼の隣を歩いた。

「今日の昼は────」

「うん、分かってる」

「……そうだよね」

 理人は曖昧な表情で苦く笑った。

 記憶があるから真実を知っている私に、今さら誤魔化しても意味がないことを悟っている。

(記憶といえば……)

 “前回”は何も覚えていないふりを続けても、結局殺された。

 順調だと思っていたけれど、どこかに穴があったのだろうか。

(やっぱり、私じゃ理人に敵わないな……)



 理人と別れ、それぞれの教室に入る。

 鞄を机に置くと、またすぐに廊下へ出て階段を上った。

「……花宮」

 屋上へと続く最後の踊り場に差し掛かると、向坂くんの声が降ってくる。

 彼は立ち上がり、私のいる位置まで下りてきた。

「“昨日”はその……悪ぃ」

 眉を寄せ、しおらしく謝る向坂くん。

「お前を守れなかったし、三澄のことも────」

「大丈夫。私も向坂くんに頼りきりだったし……」

 危ないときは彼が何とかしてくれる、と漠然と期待していた。

 信じ切って丸投げしていたのだ。

 彼がどんな行動をとったって、後出しで私が責める権利なんてない。

「お前が目の前で死にそうになって、マジで焦ってさ。無我夢中で、気付いたときにはもう……」

 ペティナイフを持っていたのは、いざというときにそれで守ろうとしてくれたのだと思う。

 結果的に手遅れとなって、最悪の結末を迎えたけれど、故意じゃないことは分かっている。

 だけど、それは。

 それだけは、許容出来ない選択でもある。

「でも、もう二度としねぇよ。三澄を殺したりとか」

 正直、ほっとした。

 向坂くんはちゃんと分かっていた。気付いて反省していた。

 あの行動が間違っていた、ということ。

「よかった……」

 向坂くんは向坂くんだった。

 何ら変わらず、私の知ってる彼だ。私の好きな彼だ。
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