狂愛メランコリー

 跳ねた心臓が重たい音を刻む。

 混乱した。わけが分からなかった。
 目の前の現実に圧倒されてしまう。

「こ、向坂くん……?」

「今度は俺が殺す番だからさ。せいぜい抗えよ」

 ゆっくりと距離を詰めてくる彼から、逃れるようにあとずさる。

(何で……? 何でなの?)

 殺され続ける日々は終わったのに。
 やっと解放されたはずだったのに。

 冷たく沈んだようなその目に捉えられたその瞬間、反射的に駆け出した。

 理人がわたしを殺していたときと同じだったのだ。
 冷ややかなのに(たぎ)るような、殺意を滲ませた眼差し。

 早く逃げなきゃ────。
 あれこれ考えるのも絶望するのもあと回しに、屋上の扉へと一直線に向かう。

「……っ」

 ぐい、と後ろから髪を引かれた。
 バランスを崩したわたしはその場に倒れ込む。

 馬乗りになった彼がナイフを振り上げる。
 押しのけようとしても、全然敵わない。

「いや……!」

「逃げんなよ」

 恐怖のあまり滲んだ視界で、向坂くんの顔が歪む。

 どうして……?

 頭の中を駆け巡る疑問符は次の瞬間、ばらばらに弾けて散った。

 急激に肺が熱くなる。火傷しそうなほど。
 けれど、突き立てられたナイフの冷たさだけは強く感じている。

 それが一気に引き抜かれると、血が赤い糸を引いた。
 痛い……。痛くてたまらない。

「う……ぅっ」

「またな、花宮」

 向坂くんの振り上げたナイフが、再び勢いよく迫ってくる。
 それを見たのを最後に、わたしの記憶は途切れた。



     ◇



 アラームの時間通りに目を覚まし、深く息をついた。

 まともに眠れたのかよく分からないくらい、何だかどっと疲れている気がする。

 身体を起こしたとき、じくじくと刺すように胸が痛んだ。

「痛……」

 何だろう、この感じ。

 まるで鋭利なナイフで刺されたかのような強い痛みは、支度を終えた頃にも消えなかった。

 ループが終わって1週間。
 理人の死の衝撃は、少しも癒えないままだ。



「……っ」

 昇降口で靴を履き替えたとき、ふいに目眩(めまい)を覚えて思わずたたらを踏んだ。

 コンビニで買ったミルクティーのペットボトルが手からこぼれ落ち、ころころとすのこに転がる。

 ふわ、と浮遊感に包まれる。
 次の瞬間、誰かに両肩を掴まれていた。

「大丈夫?」

「……あ」
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