狂愛メランコリー

「本当にありがとう」

 自分の想いを自覚しながら、改めて彼に礼を告げる。

 向坂くんがいなかったら、とっくに私の心は折れていただろう。

 すべて投げ出し諦めて、繰り返す3日間の中に永遠に閉じ込められていたかもしれない。

 ────今は色々と気持ちに整理がつかないから、思いの丈を伝えるのはまだ先になりそうだけれど。



「……はぁ」

 ややあって、向坂くんが深く息をついた。

 ポケットに両手を突っ込み、噛み締めるように天を仰ぐ。

「……?」

 ……どうしたのだろう?

 何だか普段と様子が違う。

「やっと、俺の番だ」

 思わぬ言葉に困惑した。

「え……?」

 漂い始める不穏な気配に戸惑っていると、彼は私の置いたミルクティーを蹴飛ばす。

 ペットボトルは縁から下へ落ちていった。

「ちょっと……」

 不謹慎というか、分別のない突飛な行動だった。

 理人の死を侮辱しているような気がして、戸惑いの中に憤りが混ざる。

 ……おかしい。

 いつもの向坂くんなら、絶対にこんなことはしない。

「羨ましかったんだよなぁ、ずっと」

 彼の低めた声はどこか興がるようで、ぞくりと背筋が冷えた。

「だって、ずるいだろ。俺だって殺したかったのに」

「……何を、言ってるの……?」

 あまりにも意味が分からなくて、思考が止まる。

 彼はこちらへ歩み寄ってきたが、私は居すくまって動けなかった。

 どん、と肩を突き飛ばされ、ぐらりと視界が揺れる。

「え……っ」

 一瞬、呼吸が止まった。

 不意にわずかな空気の抵抗を感じて、自分の身体が宙に投げ出されようとしていることに気が付く。

 頭の中に理人の最期が過ぎった。

 ────落ちる。

 思わず目を瞑ったが、ぎゅっと強く彼に腕を掴まれた。

 ぐい、と引っ張られ、私の足は屋上の地面を踏み締める。

「死ぬ、って思った?」

 向坂くんが口端を持ち上げた。

 身体が強張り、呼吸が震える。

 心臓がばくばくと脈打っている。

 こんな悪い冗談、笑えない。

「向坂く────」

「言っとくけど俺、お前が思ってるほどいい奴じゃねぇから。きれーな愛し方とか知らねぇし」

 冷めきった眼差しで、腕を離した彼は片手で私の首を掴んだ。

 強く締め上げられ、息が苦しくなる。

(なんで、……何で?)

 あまりの苦しさに涙の滲む視界で、豹変した彼を捉えた。

 わけが分からなかった。

 ……こんなの、向坂くんじゃない。
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