狂愛メランコリー

 何だか様子がおかしい。
 ぎゅうう、と嘘みたいに強い力で手を握り締められる。

「い、痛いよ……。どうしたの、理人……?」

 初めて見る彼の様子に、戸惑いを隠せない。

 怖い。
 痛い。
 こんな理人、知らない。

「……あ、ごめん」

 はたと我に返ると、慌ててわたしを離した。

 手の甲を見れば、赤い痕が残っている。
 それに気づいた彼は慌てた。

「本当にごめん、菜乃。傷つけるつもりはなくて」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど……」

 動揺をおさえられない。
 理人に対して“怖い”なんて思ったのは初めてだ。

 だけど、きっと理人はわたしを心配してくれただけ。先ほどはそれが少し高じただけなのだろう。
 きっと、そうだ。きっと。

「でも、菜乃。彼のことは本当に無視してればいいから」

「…………」

「だから、もう気にするのはやめよう。彼の話はこれでおしまい」

 いつもと同じ優しい表情。優しい声色。

 それなのに、もう二度と向坂くんの名を出すな、というような圧を感じる。

「……分かった」

 小さく笑んで頷いた。
 うまく笑えていたかどうか分からない。

 理人は満足そうに微笑んでわたしの頭を撫でる。
 なぜか、いつもの温もりを感じることはできなかった。



     ◇



 夢か(うつつ)か、その狭間を漂っているうちに夜が明けた。

 ────4月30日。

 アラームはまだ鳴っていない。
 全然寝られた気がしない。

 なかなか眠れなくて、やっと眠りに落ちてもすぐに目が覚めた。

 そのたびに不安に(さいな)まれ、何だかどっと疲れてしまった。

 昨晩も向坂くんは家の前で待ち構えていた。
 いつからそこにいたのか分からないけれど、もうカーテンを開ける気にもなれない。

 理人にも頼れないし、自分ひとりではどうにもできないし、ほんの短い間に精神がすり減って、わたしは確実に追い詰められていた。

「…………」

 起き上がってみたものの、身体が重くだるい。

(学校、行きたくないな……)

 向坂くんと顔を合わせるのが怖い。
 また、昨日みたいなことがあったら────。

「菜乃、起きてる? 理人くんが来てくれてるわよ」
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